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2013-07

高遠の「虹の市」に行く(2013年6月30日午前) - 2013.07.01 Mon

日曜日の午前中は高遠町でやっていた「虹の市」に嫁さんと次女と一緒に出かけました。
長女は翌日が期末テストなので、初めてのストップウォッチ学習で6時間を目標に勉強中。

「虹の市」というのは高遠のホリデイ・パークというところでやっている、野外イベント。
うーんと。
ナチュラル系・・・?
アース・デイみたいな・・・?
僕はそれなりに自然と調和した生活を目指しているけど、こういうイベントはあまり行ったことがありません。
だけどもこの日は、どういう風の吹き回しか行ってみることにしました。
嫁さんも行きたそうだったし。
作業ばかりでなく、たまにはお出かけも必要かなと思って。

で、行く途中で曲がる場所を一つ間違えて、Uターンするために迷い込んだのがこちら。
130630-120103_R.jpg
面白そう!!
入館料を見ると大人で200円。
安い!!
見たいなあ。入りたいなあ。
でも入ったらきっと長居するし、そうすると「虹の市」にも行けなくなるし、何のためにお出かけしたのか分からなくなってしまうな。
というわけで帰りに寄ることを誓って、とりあえずは「虹の市」に行くことにします。

うーん。野外イベント。
独特の雰囲気ですねえ。
女性はツバの大きい綿の帽子を被って、草木染みたいなロングスカートを履いて。
アジアンというか、いろんな民族の寄せ集めというか。

ブースは30くらいあって、それぞれ飲食物だとか古着だとかオーガニックのなんちゃらとかを売っています。
一通り見て買ったのがこちら。
130630-103445_R.jpg
朴葉巻きでございます。
嫁さんは昔、木曽で食べたことがあって、グリーンファームでこれを見かけるたびに食べたいと言っていました。
でも、高いからなあ。
ここでは作りたてのものが、それなりの値段でばら売りしていたので買うことにしました。

なんか、いろんな食べ物を売っているけど、僕は基本的にはこういう場所では買いません。
だって、自分に作れるから。
生意気かもしれないけど、自分に作れるものはお金を出して買わない。
これってすごく自然ですよね。
だからこういうところで自分が買うための基準は『自分に作れないもの、作ったことが無いもの、作り方が分からないもの』だけです。

『虹の市』は1時間弱で回り終わって、先ほどの資料館へ行きます。
まずは古民家の前に、民族資料館のほうへ。

その旧馬島家で出てきたものを中心に、たくさんの民具が展示してありました。
130630-112517_R.jpg
例えばこちらの巨大な枡。
うちの古民家からも同じものが出てきました。
そうか。
大きいから取っ手付きだったんだな。

あ、あれは?!
130630-112855_R.jpg
UITTG BABYに破壊された石盤じゃないですか?!
しかも謎のダイイング・メッセージつき。
よっぽど破壊されたことが無念だったのでしょう・・・。

130630-113255_R.jpg
あとは、この田下駄。
うちからも出てきて、僕はてっきりカンジキの一種かと思っていたんだけど、田下駄だったんですね。
しかもつま先に縄が縛ってあって、その縄を持ち上げながら歩いたのだとか。
缶ぽっくりみたいに。

130630-113350_R.jpg
UITTG BABYが大好きなカタカタもありました。

さて、民族資料館を一通り見たところで、旧馬島家に行くことにします。


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旧馬島家住宅の見学(外観~玄関土間)(2013年6月30日午前) - 2013.07.02 Tue

昨日の記事の続きです。
民俗資料館を見終わって、いよいよ同じ敷地内にある旧馬島家住宅を見に行きます。

130630-113646_R.jpg
外観はこんな感じ。
南信独特の切妻の大屋根構造です。
屋根はガルバリウムかな。

130630-113703_R.jpg
玄関方面。
この家は高遠藩の眼科医をしていたということで、格式が高いですね。
天保7年(1836年)築ということです。

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2003年に長野県宝に指定されたということで、それまでの経緯は良く分かりませんが、それなりにお金をかけて綺麗にされています。
このガラス戸は古いもの。
手磨りのガラスが使われています。

この日、馬島家住宅を身に来たのには、一つの目的がありました。
それは、古民家の土台辺りのつくりを知りたかったから。

130506-102620_R.jpg
あまりいい写真がないけど、とりあえず出します。
我が家の土台。
下駄は関係ないです(笑)

左側の養生されているのが上がり框で、それを支える土台が下にあります。
で、この土台が土(玄関土間)と触れているんですよね。
普通の場所は良いとしても、雨漏りを食らったり、湿っぽいところは土台自体が朽ちてきています。
当然ながら木材が土に触れるのは良くないし、それを防ぐために石場建て基礎では柱の下に石を置くんだけど。

ただ、柱や束はいいとして、この土台はどうしようかなと。
あゆみ大工さんの言うには、家の周囲の土台だけでも、下にコンクリを打ってしまって、土と触れないようにしたらどうかと。
ふーむ。
大変そうだな。
昔のコンクリが無かった時代はどうしていたのだろう。
というのを見るのが一つの目的でした。
で、見てみると・・・。

130630-113839_R.jpg
まずは外側のほうから。
ふむふむ。
やっぱり石を挟んであるよなあ。
土と土台が触れないために。

130630-113845_R.jpg
こちらも同じように。

ただ、このやり方だと問題が。
石を挟んだだけだと当然ながら隙間ができて、雨風が入ってきてしまう。
どうするんだろう?
と思って、今度は内側から見ることにします。

130630-113902_R.jpg
?!
思いっきり土と触れています(汗)

130630-113911_R.jpg
こちらも同じく。

そうだよなあ。
確かに隙間があったら困るし。
そう考えると、うちの土台が土と触れているのも、土台が埋もれてしまったわけでは無さそう。
これで普通??

しかし、疑問も残ります。
土と土台が触れてしまっていいのだろうか?
ただ、土といっても玄関土間は当然ながら単なる土ではなく、三和土。
土と消石灰とにがりを混ぜて、つき固めてあります。
うーんと。
普通の土と違ってアルカリ性が強いから、土台が傷まない??
誰か理系に詳しい人、教えて。

こういう構造であるからには、昔の人は経験的に土台と三和土が触れても傷みにくいことを知っていたのか。
あるいは、傷むことを承知で、他に方法がなかったのか・・・。

130630-114134_R.jpg
こちらが玄関です。
玄関の土台もしっかり触れていますね。

130630-114220_R.jpg
玄関にあった1尺のケヤキの大黒柱。
うちのと違って、腐朽していないのが羨ましいです。

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玄関を上がってすぐの6畳間の畳。
うちもそうでしたが、玄関にある畳の間は縁無し畳のものすごく目の細かいものを使っています。
やっぱり家の顔となる部分だから、一番良いものを使ったんだろうな。
そういえば、最近の新築のLDKにある畳スペースも縁無し畳が流行していますが、あちらは琉球畳ですね。

外観から土間辺りの記事で結構なボリュームになってしまったので、続きはまた明日にします。



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旧馬島家住宅の見学(内部~屋根裏)(2013年6月30日午前) - 2013.07.03 Wed

では、馬島家の内部を見ていきましょう。
そのまえに、昨日出し忘れた写真を。

130630-113926_R.jpg
玄関土間に置いてあったものです。
この建物は今はガルバリウムだけど、おそらく元々は板葺きだったのでしょう。
板葺きの見本みたいなのが置いてありました。

馬島家平面図
こちらが旧馬島家住宅の平面図。
広さはうちと同じくらいかな。
ただうちと違って、部屋の仕切り方が細かいです。

130630-114833_R.jpg
あと、こちら。
室内用の炉が埋め込まれている畳ですが、うちのほぼ全ての部屋にあったのと同じように、馬島家でもほとんどの部屋にありました。

130630-114319_R.jpg
こちらも。

130630-114326_R.jpg
こちらにも。

130630-114503_R.jpg
これはちょっと珍しいのかな。
床の間に畳が敷いてあります。

130630-114655_R.jpg
こちらは囲炉裏の上部。
照明がいい感じですね。

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食器棚にはうちにも大量にあったお膳が。
なるほどこうやって重ねるんですね。

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囲炉裏の横に「ムロ」もありました。

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この堅牢なつくりのタンスはいいなあ。


さて、一通り見て、階段があったので上っていきました。
ただ、階段を上がった上は真っ暗。
ここは見に来る場所じゃなかったのね・・・。
なんか中二階になっている感じですが。

130630-115027_R.jpg
フラッシュ撮影するとこんな感じ。
あ、見てはいけないものでしたか??

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こちらはこんな感じ。
展示し切れなかった古民具ですね。

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ついでに屋根裏も見えたので、撮影。

130630-115051_R.jpg
結構汚いのね・・・。

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屋根の裏はこんな感じ。

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火災報知機が屋根裏のあちこちにあります。

あと、僕が気になったのは建築金物の使い方。
あちこちに入っていますが、こんな細いもので大丈夫なのでしょうか?
建築金物自体はあまり好きではありませんが、どうせ使いのなら、もっと頑丈そうなものの方がいい気がします。
とはいっても僕は素人。
きっとちゃんとした設計士の人が入って改修したはずなので、これでいいんでしょうね。

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うーん。

130630-115135_R.jpg
あと、天井の裏はこんな感じ。
埃はもちろんですが、木屑などもたくさん積もっています。
掃除しきれないんでしょうね・・・。

という感じで、旧馬島家住宅の見学は終了。
実はですね、同じ200円の入場券でもう一軒見れるんですよ。
という案内をしてもらったので、もう一軒の旧池上家住宅に向かいます。



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旧池上家住宅の見学(外観~玄関土間)(2013年6月30日午前) - 2013.07.04 Thu

そういえば昨日、ブログを見たというHさんという方が電話を下さり、いろいろとお話した結果、来週末にお会いすることになりました。
ブログを毎日書くというのはそれなりに大変ではありますが、このように人の繋がりができて、実際にお会いできるのはとても嬉しいことです。
連絡を下さったHさん、ありがとうございました。

それでは同じ入場券では入れるもう一軒の古民家、旧池上家住宅を見ていきましょう。
旧池上住宅は旧馬島家住宅から2キロほど離れたところにあります。
到着すると、まだ閉まっている様子。
平日は団体旅行等が来るそうですが、休日はあまり来館者も無いので、来館の連絡(旧馬島家住宅の職員さんが電話するようです)が入り次第、開けに来るようです。
係りの方がいらっしゃるまで、外観を観察することにします。

旧池上家住宅も旧馬島家住宅と同じように切妻の大屋根構造で、金属屋根が葺いてあります。
外観を見てまず目立ったのが、柱の根継ぎ。

130630-120606_R.jpg
こことか。

130630-120611_R.jpg
こことか。

130630-120617_R.jpg
こことか。

130630-120623_R.jpg
ここも?

これは切妻屋根の宿命ですが、どうしても妻方向は軒が高く狭くなってしまうため、雨が降りかかってしまうのでしょう。
その点は寄棟の方が有利そうです。
ただ、寄棟は低い軒が家をぐるりと囲むため、暗くなっちゃうんですけどね。
ちなみにうちは寄棟です。

なので、妻方向の柱は傷んでしまったのでしょう。
画像のように根継ぎをしてあります。

我が家も外回りの柱が何本が折れたり腐朽しているため、根継ぎは必要です。
(うちの場合は雨漏りと、「よろび」が原因ですが・・・)
この池上家の根継ぎを見ると、随分昔に施されたように見えます。
なるほど、昔からこういう風に補強してきたんだな。
そう思うとちょっと安心したような。
ただ改めて、自然素材の住宅を維持することの大変さを見た想いです。
自然素材であるがゆえに、油断すると「自然に還って」ゆきますから(笑)

130630-120628_R.jpg
そう思って改めて見ると、柱以外も随分と傷んでいます。

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ここも。

130630-122836_R.jpg
柱が釿斫り(ちょうなはつり)も荒々しい。
ただ、妻方向の目立つ柱に、このような斫り跡が見える材を使うのはちょっと不思議。
あちこちにホゾの跡もあるし。
もしかしたらもっと大きな母屋だったものを減築したのかもしれないし、あるいは妻方向に下屋があったのかもしれない。
まあ、ド素人の僕の判断なんか当てになりませんが(汗)

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この横架材はなんだろう?
地松にしては節の入り方が不規則なような・・・?
まだまだ材の見分けは勉強途中です。

130630-122828_R.jpg
一部の土台の下には、このようにアスファルトが敷いてあります。
うーん。
改修のときにジャッキアップしたついでに敷いたのかな?

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旧池上家住宅の説明文。
酢や醤油の町問屋だったということで。
町内で一番古いってことは、1800年頃かな?

そうこうしている内に係りの方がいらっしゃいました。
建物の中に入ることにします。

130630-121017_R.jpg
まずは土間から玄関。
ここもですね、我が家よりも床が低いんですよ。
床の高さは家格に比例するといいますが、うちの古民家のご先祖さんはそんなに格の高い家だったのだろうか?
藩医や町問屋よりも高いの?
まだまだ我が家に関しても分からないことだらけです・・・。

さて、それでは家の内部を見ていきますが、それはまた明日の記事にて・・・。



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旧池上家住宅の見学(土間の観察)(2013年6月30日午前) - 2013.07.05 Fri

さて、旧池上家住宅の内部に入っていきましょう。
まずは平面図から。

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旧池上家住宅では馬島家のような案内の紙はもらえなかったので、館内に貼ってあったものを撮影しました。
ここも建坪はうちと同じくらいかな。
ただ、同じ庄屋でもこちらは醤油と酢の問屋を兼ねていたので、商家っぽい作りに成っています。

屋根はこの図面の左右が妻方向となる、切妻屋根です。
左側に大きな通り土間がありますね。

ちなみに昨日の記事で載せた写真は主に左側側面を撮影したものです。
いくつか謎のホゾ跡がありましたね。
昔はそちら方面に母屋か下屋が延びていたのかもと思ったのですが、平面図を見るとなるほど、左側に伸びていたとするとそれこそ土間が本当の意味での「通り土間」となっていたはずです。
そうなるとまさしく、うちと同じですね。
減築によって土間が端っこに来てしまったと。
憶測ですが。

さて、今日の記事では最近気になっている土間を見ていきましょう。

130630-121402_R.jpg
このように旧池上家住宅では、馬島家住宅と違って基本的には土台が土間に触れないようにはなっています。

130630-121344_R.jpg
これは下に「ムロ」が埋もれていますね。

130630-121350_R.jpg
ここも石が噛ませてあります。

130630-121435_R.jpg
ここも。
石と言ってもここは、綺麗に切ってある石ですね。

130630-121624_R.jpg
ここはうちと同じように、下に下駄箱があります。

130630-122548_R.jpg
ここの石は随分と大きい。
束石を流用した感じでしょうか・・・?

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ここはケヤキさんが仰るように、三和土のアルカリに負けない苔が生しています。
よく見ると土台の下には小さな石が挟んであります。
そのまま土台が沈下したりして、石がほとんど意味なくなっている感じですが。

130630-122542_R.jpg
ここは玄関引き戸のした部分。
ここに関しては馬島家と同じように三和土の中に土台が埋もれている感じです。

うーん。
まだ分からない。
もう少しいろいろと見て、勉強する価値があるかな。
土台と三和土の関係について。

つまるところケヤキさんの仰るとおり、木は通気性のいいところにあるべきなんで、三和土とも切り離してある方が好ましいのでしょう。
では三和土に埋もれてしまっている部分はどうかと。
意図的にそうなっているのか。
そうなってしまったのか・・・?

130630-121120_R.jpg
土間においてあった傘です。
「金屋」というのは屋号でしょうか?

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醤油問屋らしく、樽も展示してあります。
うちもこれくらい大きな樽でミソを漬けたいな。

130630-121145_R.jpg
あとこちらが玄関小上がりの畳。
うちや旧馬島家住宅と同じように、目の細かい縁なし畳が敷いてあります。
これはこの辺りの古民家の特徴なのかな?

結構広かったので、土間の写真だけで1回分の記事になってしまいました。
明日の記事では家の内部を見ていきます。



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旧池上家住宅の見学(内部)(2013年6月30日午前) - 2013.07.06 Sat

6月30日に行った古民家見学の最終回です。
写真をたくさん撮ってしまったせいで、この日の記事だけで6回分になっちゃいました。

作業本編はというと・・・、停滞中です(汗)
あゆみ大工さんとの打ち合わせも延期に。
作業は廃材の片付けのみ。
しかも廃材片付けも、雨天のためになかなか進まず。
雨で濡れた廃材って、チェーンソーで切ることはできても、鉈で割れないんです。
ふやけて、柔らかくなってしまって。
なので、ちょいちょい作業には行ってるんですが、記事にできるような変化は無く・・・。

さて、それでは旧池上家住宅の内部を見ていきましょうか。

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昨日の記事にも載せた、池上家の平面図です。

130630-121124_R.jpg
玄関土間にあった棚。
古民具の類が陳列されています。
上にあるT字の鍵はうちと一緒ですね。
あと、醤油屋さんならではの取っ手付きの枡も楽しいです。

130630-121310_R.jpg
囲炉裏。
うちと同じように、薄くコンクリで固めてあります。
五徳の中にあるのは火の代わりの、オレンジ色の電球(笑)
ちょっと笑えますね。

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土間の吹き抜けから見上げた様子。
ちょっとピンボケ。
結構細かなピッチで貫が入っているのが珍しい感じがします。

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縁側の畳。
そういえば去年の秋にやっていたビフォーアフターの茅葺き古民家も縁側に畳が敷いてありました。
これも僕から見ると珍しい感じがします。

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この壁は新しいのかな?
砂壁になっていますね。

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綺麗な欄間に障子紙。
うちも欄間のままでは寒いので、このように障子紙で緩やかに断熱する予定です。

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あるいは欄間の変わりに、このように彫刻を施した板になっているところもありました。
素敵な趣があります。

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長持。
うちのはもっとボロボロですが、一応蔵に取っておいてあります。

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ちょっと気になったのがこちら。
電気配線でVVFを通す際に土壁に穴を開けたのでしょうが、ちょっと開け方が雑というか、開けた後の処理がされていない。
僕だってやったこと無いから、偉そうなことは言えないですけどね。
もう少し何とかならないものかな・・・。

130630-122432_R.jpg
この家の大黒柱。
1尺の立派なケヤキです。

130630-122703_R.jpg
あと珍しかったのがこちらの、「電話室」。
家の中に電話ボックスみたいなのが設置されていたんですね。
まだまだ電話が珍しく、貴重だった頃の仕様。
今の感覚からすると、逆にすごくお洒落です。

以上で池上家の見学は終了。
いけない・・・。
もうすぐ1時で、家には長女がお腹を空かせて待っている。
というわけで急いで帰って、昼食にしました。

130630-131934_R.jpg
この日の昼食は「ぶっかけうどん」♪
最近の冷凍麺の質は目を見張るものがありますね。
1人前わずか50円足らずで買えて、すごくいいコシがあります。
冷凍うどんを軽く茹でてから水でしめ、テンカスとナメタケとアサツキと生卵を乗せて、めんつゆをかけて完成。
夏にぴったりのメニューで、1人前100円未満でできます。

130630-131938_R.jpg
はるか昔の記事になってしまったけど「虹の市」で買った朴葉巻きも食後に食べます。

130630-133906_R.jpg
このように中はあんこ餅。
あんこは小豆を黒糖で炊いたもので、独特の風味があって美味しかったです。
うちにも朴の木があるから、作ってみるかな。

そういえばもうひとつ。
この日は長女が初めてのストップウォッチ学習に挑戦した日。
1日で6時間。
午前中のみで3時間が目標でした。
我々が家についた1時過ぎで3時間は達成できていて、それから休み休み夜までに6時間達成。
達成のお祝いにみんなでプリンを食べて、それからも勉強を続け、7時間20分くらいやったそうです。
うんうん。
上出来☆



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再生作業は停滞し、廃材の山にうんざりする - 2013.07.07 Sun

さてさて。
いよいよ再生作業が停滞してきました(汗)

あゆみ大工さんも見積もりが揃ってないところがあるようで、だから再生に取り掛かる前の最終打ち合わせ(予算1000万円の配分とか)ができず。
なので、あゆみ大工さんも大掛かりな作業をできず。

僕はというと、現在のところやるべきは廃材の片付けのみ。
他にもちょろちょろとはあるんだけど、まずは廃材を片付けないことには作業スペースが無い。

かといって、廃材片付けをしようにも、先週も今週も週末はほとんど雨で潰れている。
昨日の記事でも書いたように、廃材片付けは雨が降っていないだけでは駄目なんです。
廃材は濡れていると割れないため、廃材片付けをする2日くらい前から晴れていないと難しいです。
現に今日も部活の引率が終わってから現場に向かったけど、廃材が濡れていたため断念。
雨も断続的に降っていたしなあ。
時間ばかりが過ぎて、もどかしい気分です。

では、一人で作業して1日でどれくらいの廃材を片付けられるのか?
見てみましょうか。

130702-083555_R.jpg
これが、朝の作業開始前。
一人で廃材片付け開始です。

朝の8時からはじめて、現場で昼食を食べて、夕方6時半くらいまで働いて。
成果はというと・・・。

130702-183152_R.jpg
こちらです!!
・。
・・。
・・・。

ちっとも減ってないじゃん!!


1枚目の写真と比べて「ちゃんと減ってるよ!大丈夫だよ!」と思ってくれる人は、心が広く、前向きな人です。
お友達になってください。

130702-183202_R.jpg
あちこち減っている感じもしますが、この日に主にやったのはこちらです。
この蔵の入り口横辺り。
ここで薪割していたので、近くにあった廃材を無計画に手当たり次第に片付けて行っただけなんですけどね。
自分的には下に埋もれていたブルーシートが見えてきたのが、大きな成果だったりします(汗)

やっぱり大変なのは釘の多さ。
抜くのに苦労します。
まあでも、これでこれ以上廃材が増えることはあまり無いはず。
今までは片付けるよりもはるかに速いスピードで廃材が増殖して、あっという間に山になってしまいましたから。
地道に片付けていくか・・・。

130702-183230_R.jpg
ちなみにできた薪はというと、こんな感じです。
まだ縛ってないですけどね。

このままのペースで行くと、よっぽど天候に恵まれたとしても、一人で作業してあと3日はかかりそうですね。
週末だけの作業で、しかも月末には電気工事士の実技試験もあるから、それを考えると今月中に終わるかどうか・・・。
まあ、気長にやっていきますわ。



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全半会を結成する(1999年夏) - 2013.07.08 Mon

今日は久々に全半会の記事です。
なんだかんだで1ヶ月くらい開いてしまいましたね。
今日みたいに夏の匂いがする日は、全半会について書きたくなります。
全半会についての過去の記事は、左側のカテゴリから辿ってください。

さて、高校に入って、初めての夏休み。
琵琶湖までの自転車旅行にて、人生初の野宿を経験しました。
もうそれからは怖いもの無しといった感じで。
だって野宿しながらだったら、どこまでだって行けちゃうんです。
時間はあるけどお金は無い高校1年生にとっては、まさにもってこいの発見でした。

琵琶湖旅行から帰ってまもなく、今度は歩きの旅が計画されました。
というのも、この頃から僕はちょっとした病気を持っていまして、自転車に長時間乗れないんです。
だから自転車ではなく、徒歩で。
まあ、自転車と違って徒歩だと、帰りはバスや電車だから楽だろうという計算も働いていました。

メンバーは僕と、デビル伊藤と、ケンタという3人です。
デビル伊藤は僕の保育園からの親友で、20歳からは鰹漁船に乗って遠洋漁業をしています。
ケンタは中学校からの友人で、現在はインディーズのミュージシャンをしています。
そんな3人での旅行が始まりました。
1999年の8月上旬のことです。
行き先は実家より80キロほど離れた渥美半島の先端、伊良湖岬の「恋路が浜」というところ。
なぜ伊良湖岬なのか、そしてなぜこの3名なのか。
今となっては誰も覚えていません。
特にケンタに関しては、現在に至るまでまったくと言っていいほどのインドア派のはずなのに、このときをきっかけに数年間は全半会に引きずり込まれる運命となりました。

いつもの旅と同じように、朝の6時くらいに近所の神社に集まって、旅立ち前のお参り。
そして、リュックにテントを詰め込み、銀マットをくくりつけて出発しました。
このときもまだ自炊をしていなかったので、食事は全て外食かコンビニ。
初日の昼ごはんは確か南ジャスコのマクドナルドで食べ、そしてそのまま南に向かって、海岸に出ました。
サーファーやBBQ客が多い賑やかな海岸でしたが、そこでまずまず心地の良い草地を見つけて、我々はテントを張りました。
夜になればサーファーもBBQも退散して、静かになるだろうと思って。
しかしBBQをやっていた大学生と思われる若者は夜中まで酒盛りをし、挙句にこちらのテントに向かって花火を撃ってきて、あわや乱闘になるところでした。

2泊目は赤羽町というところにある、小さな公園で野宿しました。
非常にのんびりした旅で、夕方の5時くらいにテントを張って、水浴びをし、夕食を済ませるとやることがありません。
仲間達は漫画を読んだり、そしてテントの中でトランプをしたりしました。
この日の夜、なかなか寝付けなかった僕は一人で散歩に出かけ、電照菊畑の中を歩きました。
電照菊というのは渥美半島辺りで行われている、菊の畑を一晩中裸電球で照らすという栽培法です。
ちょっとフリー素材から写真をいただいて、見てみましょうか。
写真はフォトライブラリーさんからいただきました。
写真素材-フォトライブラリー

9217864.jpg

8846706.jpg
電照菊畑は近くで見るとこんな感じです(実際はすごく明るい)。
こんなところを一人で散歩して、秘密のスポットを発見したような、とても贅沢な気分に成れました。

さて、そういえばこの日の夜、僕達は全半会を結成しました。
「これからも野宿しながら、いろんな場所に行こう」
「今回、渥美半島の先端に行くように、これからも日本中の半島の先端まで行ってみよう」
「グループ名は『全日本半島の先端を目指す会』、略して『全半会』だな」
という風に。
まさかこのときの思いつきで結成した会が、その後も14年以上も続くものになるとはつゆ知らず。
ともあれ、全半会の始まりでした。

翌朝、公園のすぐ横にあった園芸屋さんのお兄さんが、僕達にスイカを差し入れしてくれました。
そのときのお礼の手紙に「美味しいスイカをありがとうございました。by全半会」という風に書いたのを覚えています。
みんなの記憶が曖昧な部分はありますが、この夜に全半会という名前が決まったのはどうやら間違いないようです。

さて、旅の3日目も歩き続け、その夜は「渥美の森」という山を一つまるまる使った運動公園で野宿しました。
その山頂付近にある広場で野宿したのですが、夕食後にすることが無いので、山頂まで散歩に出かけました。
IMG_0003.jpg
山頂でデビル伊藤と撮ったツーショット。

6760563.jpg
こちらもいただいたフリー素材ですが、山頂からはこのように半島の電照菊畑が一望できました。
このような景色が、360度に渡って広がっていたのです。
これもまた心に残る素敵な景色でした。
今でも生々しく思い出せる、16歳の一夜です。
僕はあまりにもここが気に入ってしまって、現在に至るまで15回くらいはここに登っています。

最終日は僅か8キロくらい歩いて、目的地である伊良湖岬に到着しました。
といっても、着いても特にすることも無く。
恋路が浜も単なる砂浜で、カップルは楽しそうでしたが、こちらは汗だくの野郎3人組。
やさぐれるしかありません。
ただこのとき、半島の先端から「神島」という島が見えました。
後に全半会の活動の場となる島です。
人生の点と点はいつも面白い形で繋がっていきます。
やることの無い僕たちは、食堂でラーメンと焼きアサリを食べ、バスに乗って帰りました。

さて、このようにして、僕達の初めてのバックパッキング(徒歩旅行)、そして全半会結成の旅は終わりました。
16歳の夏休みはちょうど折り返し地点。
急に世界が広がって、まだまだやりたいことはたくさんありました。
今も人生は楽しいし、夏が近づくとわくわくするけど、やっぱりこのときのような夏は二度とやってきません。
でも、それでいいんです。
これが歳をとり、青春が終わっていくということなのだなと。
僕は少しの諦めと、少しの期待を抱きながら、夏の匂いの導くままにノスタルジーに身を委ねます。
寂しいけれども、悪くない心持ちがします。



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無駄に強化合宿を繰り返す(1999年夏) - 2013.07.09 Tue

さて、人生初のバックパッキングを終えた全半会、そして僕でしたが、それからは旅のことで頭の中が一杯になりました。
たまたまその頃読んだのが、椎名誠の「わしらは怪しい探検隊」。
今でも大好きな本です。
これは椎名誠率いる天幕集団が離島へと出かけていくという内容の本で、その中では適当な炊事班長の作る適当な料理がおいしそうに描かれていました。
そして、たまたまですがこの本のメイン舞台となっているのが、あの伊良湖岬から見えた「神島」だったのです。

まず思ったのが、自炊っていいよな、ってこと。
なんか、男の憧れって感じがしますよね。
旅先の商店でちょいちょいと食材を買って、野宿しながら調理し、男達で囲んで食べる。
これだ!!
なんて(笑)
まあ現実問題として、渥美半島の旅もそうでしたが、旅が僻地に行くにしたがってコンビニや食堂も減り、夕食が菓子パンとサバ缶だけになったりとか、昼食が午後3時になったりとか、それなりに難しい点がありましたから。
調理道具とある程度の食料をリュックに背負えば、旅の自由度はますます上がることになります。

そのためにまず購入したのがアウトドア用のコンロ。
ガス・ストーブの軽量さはもちろん魅力でしたが、如何せんガスカートリッジが高額で、高校生には難しい。
というわけで、いろいろな登山用品店をはしごした挙句、買ったのがコールマンのホワイトガソリン・ストーブ。
41347WD914L.jpg
スポーツスターⅡというモデルです。
アマゾンで見ると6250円。
マイナーチェンジもせずに、まだ現役モデルなんですね。
ちょっとびっくりしました。
燃費としてはホワイトガソリン1リットルで800円弱。
使い方にも寄りますが、1リットルで5日くらいは持ちます。

渥美半島の旅から帰ってきてからは、お盆があって、高校の補習があって、その合間にデビル伊藤と一緒にスポーツ用品店をはしごして。
このスポーツスターⅡを買ったころには、夏休みも終わる直前となっていました。
でもどうしても夏休みが終わる前にガソリン・ストーブを使ってみたくてやったのが、この強化合宿。

IMGG.jpg
やるせない表紙ですが(笑)
全半会の合宿というのは、最初の渥美半島の旅以外は全て「しおり」があります。
しかも最近のはメンバーが増えたせいもあって、40ページ以上の大作が当たり前となり、しかもそんなしおり合計で40冊くらい溜まっています。

あ、そういえばグループ名が「ドーテーズ」ってなってる(笑)
これもですね、最初の何年間は「全半会」と「ドーテーズ」という名前を併用していたんですよ。
外向きには「全半会」、仲間同士では「ドーテーズ」という風に使い分けて。
青春特有の愚かさですが、お恥ずかしいです(汗)

強化合宿の日程を見ると8月28日~29日となっており、本当に夏休みの終盤にやったことが分かります。
こういうときにしおりが残っていると便利ですね。
8月28日は僕は高校の模擬試験があり、夕方まで学校にいました。
それからの合宿となりました。
メンバーは渥美半島の旅の3人に加えて、トシキという中学校の同級生も参加しました。
4人で山上のダム湖に歩いていって、自炊をし、野宿をして帰ってくるというシンプルな合宿でした。

そのようにして僕達の夏休みは終わったのですが、夏休みが終わってからも僕の旅に対する想いは強まるばかり。
授業は上の空。
授業中は地図帳を開いて、まだ見知らぬ地方の見知らぬ地名に思いを馳せては、ため息ばかりついていました。
ああ、もう。
旅に出たい!!
どこでもいいから。
見知らぬ町の見知らぬ公園で野宿したい。
今すぐ行きたい。
とですね、とても冬休みを待とうなんていう悠長なことを考える雰囲気じゃなかったんですよ。

僕は計画しました。
旅に出よう。
土日の1泊2日でもいい。
一人でもいい。
どこかに行こう。
そう企画をしていたのですが、そのことを仲間に話すと「一人で行くなんて水臭えな」とばかりにメンバーが集まって、結局は4人で行くことになりました。
日程をしおりで確認すると9月11日~12日です。
(表紙がやばいので、しおりは載せませんww)

いつもどおり早朝にみんなで神社に集まってお参り。
それからとりあえず名古屋方面を目指して歩いていきました。
まずは名古屋まで行って野宿し、翌日は気の向く方向に歩こうと。
しかし、ちっとも進めなかったんです。
中学生のときに名古屋は日帰りで歩いていったので余裕だと思っていたのですが、野宿道具を背負っているだけでこうも違うのかと。
結局は1泊目で安城市で野宿、2日目にようやく名古屋について帰るので精一杯でした。
また、この頃は自炊も下手で、やたらに時間ばかりかかっていたのも、旅が進まない原因でした。

道具は揃ってきた。
でもまだそれだけじゃ足りない。
合宿を繰り返すたびに、自分達の課題が発見されるようでした。
そして、旅への想いはまだまだ募る一方でした。



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冬合宿に挑む(1999年秋~冬) - 2013.07.10 Wed

今日も全半会の話です。
古民家再生とは無関係な話が続きますが、作業が停滞している間にさっさと書いちゃうことにします。
今年の夏合宿も近いし。

9月の「さすらいの旅」が終わってからも、バックパッキングに対する想いは募るばかり。
そんな中、出合った一冊の本がありました。
それがこちら。
07846355.jpg
『シェルパ斉藤のバックパッキング術』という本です。
この画像はやたらと解像度が粗いですが(汗)

この本にはバックパッキングの装備から技術から、楽しみ方まで網羅されていました。
通しで5回以上は読んだ、まさしく当時の僕のバイブルです。

その本の中で僕が興味を引かれたのは、フレームザック。
えーと、呼び方はいろいろでフルフレームパックとかエクスターナルフレームパックとか、統一した呼称が無いのが難点ですが。
現在の登山用ザックが人間の背骨に合わせたフレームを2本内蔵しているのに対し、こちらは旧式。
フレームが外に出ていて、いわば背負子にザックが着いた様な形になります。
なぜ僕がこれを気に入ったかというと、もちろんカッコよかったのもありますが、ザックに入りきらない荷物はどんどん背負子部分に付けられる拡張性がよかったです。

ただ、このようなエクスターナルフレームパックはバックパッキングの本場、アメリカの製品。
日本では売っているのを見たことが無いですし、輸入されているのかも疑問。
今のようにインターネットがあれば、ちょいちょいと調べることができますが、それもできない時代。
20キロも離れた登山用品店まで自転車で行って、聞いてくるしかありませんでした。

登山用品店で判明したのは、輸入ルートがあること。
そして、登山ザック界の雄であるグレゴリー社が発売しているということでした。
グレゴリーといえば本当にザックの高級ブランド。
しかも元はといえばエクスターナルフレームパックに限界を感じて、世界初のインナーフレームパック(現在の主流)を開発し、躍進したメーカー。
もう15年も前になりますが、なぜグレゴリー社がエクスターナルフレームパックの新モデルを出したのかは不明です。

ともあれ、それまで貯めてきたお年玉4万円超をはたいて、念願のエクスターナルフレームパックを手に入れたのです。
しかもグレゴリー!!
もちろん、今でも愛用しています。

070815-102341_R.jpg
写真は2007年の夏合宿にて。
このようにクーラーボックスや銀マットや大量のゴミなど、ザックに入らない荷物をくくりつけることができるので、実質2人分くらいの荷物を持てるのが強み。

ただ、このグレゴリーのエクスターナルフレームパック、とっくに廃盤になっているみたいで、ネットで検索してもかつて売られていた形跡すら見つかりません。
売れなくて、闇に葬られたのかな??
名作だと思うんだけどなー。
かつてのフレームザックの弱点を克服して、軽量アルミと樹脂のフレームを使っていて。
まさにフレームザックの再興を予感させるようなザックでした。
もはや幻ですけど。
誰か見たことある人はいますか?
持っている人はいますか?
持っている人がいたら、ぜひともお友達になってください。
ともかく、買ってから14年間も現役を続けている名品です。

さてさて、このフレームザックを買ってから、それは嬉しくて嬉しくて。
ますます遠くへ行ける気がしました。
しかし時期は確か10月の終わり頃。
冬休みはまだまだ先。
そこで買った翌日に、これを背負ってデビル伊藤と一緒に日帰りのバックパッキングをして、遠い山の麓で焚き火にてスキヤキを作り、食して帰ってきました。

それからも、デビル伊藤とは日帰り登山に行き、家の庭で野宿し、近くの公園で野宿し、毎週のように強化訓練を行っていました。
全ては年末に行う冬合宿を成功させるために。

IMGG_R.jpg
そして行ったのが、こちらの冬合宿です。
行き先は静岡県の御前崎の先端。
全半会の趣旨どおり、やはり先端を目指します。
しおりを見ると1999年12月24日~29日となっています。
見ましたか?
クリスマス・イヴに出発です。
もうね、涙無しには語れない、負のオーラが漂っていますね(笑)

このときは僕とデビル伊藤と、もう一人中学の同級生であるユウタという男の3人でした。
強化訓練も繰り返したし、装備もそれなりにあるし、これはもう楽しいバックパッキングになることは間違い無しという感じでしたが、これが大間違いで。

どこを間違えたかといいますと・・・。
①荷物が重いと行軍が遅くなる点
 フル装備ですと本当に、空身と比べて7~8割の距離しか進めません。
②冬は日暮れが早い点
 当然といえば当然ですが、夕方4時半くらいには結構暗くなり、暗い中で野宿場所を探して歩くのは気持ちが滅入ってきます。
③寒い点
 これも当然ですってば。でもですね、本当に寒かったです。そして寒いと人間って、気分がマイナスの方向に向かうんですよね。

どれも基本的で当然のことですが、やっぱりやってみて、実感しないと分からないこともあるんです。

いつもどおり旅立った我々。
1日目の宿泊予定地は、渥美半島の旅で野宿したあの砂浜でした。
BBQの連中に絡まれたあの場所です。
BBQの一件を除けば、気持ちのいい砂浜でしたから。

しかし、荷物が重くて、日暮れになっても砂浜まで1時間以上の距離がある状況。
その中をヘッドランプの明かりを頼りに、人気の無い道をひたすら歩いて、何とか到着しました。
でもですね、冬の砂浜は荒涼としていて寒いです。
海風が冷たいです(涙)
そしてこの日の夕食はテンションを高めるために奮発して、牛カルビ焼肉。
スーパーとかに売っている、ビニール袋に入っている奴ですね。

で、飯盒でご飯を炊いて、デビル伊藤が肉を焼いていたんですよ。
僕はテントの中でごそごそやっていたんですけど。
そしたらデビルが「うごー!溶ける溶ける!!」とか叫んでいまして・・・。
どうもそのカルビのビニール袋が二重になっていたらしいんです。
そして、デビルは中袋の存在を知らずに、熱した鍋に入れてしまったと。
まあ、暗くて見づらかったから仕方ないんですけどね。
結果は皆さんも分かるとおりです。
肉に溶けたビニールがベットリ着いておりまして。
夕食のメインディッシュはお釈迦になりました。

仕方なく炊けたご飯のみを茶碗に盛って、テントに入るメンバー。
一応非常食として缶詰やふりかけは持っていたので、それでご飯を食べて夕食にしました。
そしてみんな口数が少ないままに、疲れと、寂しさと、寒さの中で眠りに入って行ったのです。
寝る前にデビルが独りごちました。
「今の俺はホームシックを越えている。俺は家を必要としている」
なんて素敵なクリスマス・イヴでしょう♪

翌朝は遅めに起きて、朝食を食べ、今後の旅について相談しました。
テンションは下がっている、そして鍋が無い(ビニールがベットリだから)。
このまま当初の予定通り、御前崎まで歩き通すのは難しいだろう。
というわけで、今後の予定についてみんなでプランを出し合い、トランプをして、一番勝った奴のプランを採用することにしました。
このときに限らず、当時の僕達は重要なことは大体はトランプで決めていました。
結果、誰のプランかは忘れましたが、御前崎の手前にある天竜川の河口まで行こうということになりました。
5泊6日の予定は3泊4日に縮小です。
それでも寒さに負けず、テンションを上げ、歩き通しました。

IMG_00011.jpg
そのとき、旅の終着点で撮影した写真です。
写っているヒゲ面の男は、16歳の僕です。
そういえば今再生している古民家は、上流とは言え、同じ天竜川の近くにあります。
そう考えると人生ってやっぱり面白いですね。

もちろん2日目からもいろんなことがあった旅でした。
寒くて辛かったけれども、同時に楽しい旅でもありました。
特に書くべきことといえば・・・、
3日目の朝、目覚めてテントを開けると、目の前で少年サッカーをやっていたりとか、
4日目の朝、目覚めてテントを開けると、ゲートボール大会の真ん中であったりとか。
それこそいろんな場所で野宿をしたものです。

さて、いくら準備をしても計画通りいかない、このバックパッキング。
今回の合宿で懲りるかと思いきや、僕達はますますのめりこみ、どうすれば快適に、そして楽しい旅ができるのかを探求していくのでした。



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嵐の中で野宿・そしてソロ活動(2000年春) - 2013.07.11 Thu

またまた全半会の話。
極寒の冬合宿が終わって暫くすると、今度は春合宿の計画が出てきました。
行き先は長野県の諏訪湖。
飯田線の視点から出発して、そのまま線路沿いに終点の諏訪湖まで歩ききろうというものでした。
IMGGG_R.jpg
日程を見ると2000年3月27日~31日の4泊5日のようです。

この旅はまた、思い出深いものとなりました。
旅の出発前から分かっていたことだけど、2日目は雨。
しかも春だというのに、台風並みの低気圧が来ていました。
もちろん我々もその日は行軍せずに、公園で2連泊。

そのとき野宿していたのは愛知県新城市にある桜淵公園というところでした。
雨で停滞することは分かっていたので、我々は1日目のうちに大きめの屋根つきの休憩所にテントを張りました。
休憩所は10メートル四方くらいの大きさがあったと思います。
雨のときはこのようにテントの上に大きな屋根があると助かります。

そんで2日目は本当に何もせずに過ごしていました。
雨だし。
みんなでテントでゴロゴロして、音楽を聴いたり、本を読んだり、そして時間通りにご飯を食べたり。

ただ、夕方辺りから急に雨脚が強まり、風が強くなってきました。
そのままではテントが飛んでいってしまいそうだったので、テントを細引きで休憩所のベンチに結び付けました。
風向きがコロコロ変わって、あちこちから風雨が吹き込んでくるものだから、乾いて快適だった休憩所はあっという間に水浸しになりました。
夜になって、寝ようとしてもいよいよ風雨は強まるばかり。
何度も激しい風がテントを襲って、テントが大きく歪みました。
このままテントのポールが風に耐えられなくて折れたらどうしよう。
テントが壊れたら、この暴風雨の中でどこで寝よう。
そんな風にドキドキしながら一夜を過ごしたものです。

翌朝には綺麗さっぱり晴れていて、旅を続けることができました。
あと、3日目の夜は無人駅で野宿しました。
いわゆるステーション・ビバーグというやつですね。
これも初めての体験でわくわくしました。

さて、雨の影響もあって結局は諏訪湖までなんて全然届かず、はるか手前の静岡県の浦川駅というところ止まりでしたが、スリリングで楽しい旅は終わりました。

その頃、僕の中にあった一つの野望。
それは「そろそろソロ活動がしたい」というもの。
まあつまり、一人旅ですね。
何でだろう・・・?
みんなで行った方が絶対に楽しいのに。
多分、旅をするのにいつまでも友達と群れているようじゃかっこ悪いと思ったんでしょうね。

一人旅をするためには、まず準備が必要でした。
まず持って必要なのは、ソロ用のテントを買うこと。
それまでの全半会で使っていたのは7777円というふざけた値段で買った、3人用のドーム型テントでした。
重さは3.6キロあります。
これは重さはもちろんですが、一人では設営しにくいのが難点。
出来ないことはないですけどね。
というわけで、一人旅に先立って、ソロ用のテントを探す必要があったのです。

ただ、現在は結構よくなりましたが、昔はソロ用テントは品数も少なく、高かったです。
3人用テントが8000円くらいで買える中(現在では3000円で買えます)、当時はソロ用テントは20000円はしました(これも現在は3000円から)。
今も昔もいいものは高いのは変わりませんが。

数あるテントの中で、僕が選んだのはこちら。
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モンベルのムーンライト2型でございます。
日本特有の雨に強いA型テント!
前室もたっぷりで、これまた雨に有利!
重量は2.8キロ(これはちょっと重いかな・・・)
値段は2万円ちょっと!
という代物。
またまた貯めていたお年玉をはたいて買いましたとも。
ちなみに2型というのは2人用という意味。
テントの中ではザックと添い寝するので、これでちょうどいい大きさです。
これもザックと同じく、現在も現役の名作でございます。
現在の神島合宿では、団体装備用の倉庫として使っています。

さて、そのようにしてソロ用店とも手に入れて、いよいよ一人旅が始まりました。
時期はゴールデンウィーク。
行き先は愛知県の知多半島。
距離にして60キロ程度なので、2泊3日の旅にはちょうどいいです。
全半会の趣旨にも合ってますし。
(ちなみにしおりはありません。一人旅でしおりを作っていたら、流石にすごいですw)

初めての一人旅に、初めての一人野宿。
1日目は田んぼの真ん中にあった人気の無い集落の公園で、2日目はこれまた街道から随分離れた人気の無い砂浜で野宿しました。
ただでさえ寂しいのに、よりによって人気の無い場所(笑)
ちょっと怖くはあったけど、同時に広い場所を独り占めできて、贅沢な気持ちになりました。
いつものように夜にトランプをする相手もいないので、夕食後はずっとランタンの明かりで本を読んで、そして眠りました。

当時は特に意識していなかったけど、若者がこうやって一人で旅をするのはとても有意義だし、自分という人間と向き合ういい機会になったのかなと、今さらながらに思います。

このようにして春合宿、そしてソロの旅も終わりました。
いろいろな経験を積んで、全半会は2回目の夏に突入します。



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夏合宿3連続!!(2000年夏) - 2013.07.12 Fri

またまた全半会の話です。
明日からの3連休はまとまって作業には入れそう(と言っても廃材処理だけど)なので、ちゃんと本題である「古民家再生」の近況報告ができそうですが。

1年間に及ぶ試行錯誤の成果が結集する、2000年の夏休みがやってまいりました。
大学受験はまだ先だし、時間はたくさんある、そんな貴重な休みでした。
まず、40日間の休みの最初と最後に1週間ずつの補習日が入り、2回くらいだったかな、登校日が入り、山岳部の合宿が入り。
でも、それ以外はほとんど自由です。

まずは補習日があって、それから山岳部の合宿があって。
それから、いよいよまずは2000年夏合宿第一弾である、神島合宿が始まりました。
IMGG2_R.jpg
日程を見ると8月10日~13日となっています。

メンバーは7名。
今まで全半会でいろんな場所に行ってきましたが、どれもそこそこに過酷な旅ばかり。
しかもバックパッキングというのは、集団で行くとしたらせいぜい4人が限度。
それ以上いると小回りが利かず、行軍が遅くなります。
第1回神島合宿までの時点で全半会のメンバーは総勢6名。
だから、全員でバックパッキングすることはできません。
というわけで、この第1回神島合宿はメンバーがたくさん参加できる、慰安旅行的な意味がありました。
(といっても、十分すぎるくらいに過酷な合宿ですけどね)

行き先は神島。
椎名誠の「わしらは怪しい探検隊」のメイン舞台であり、同時に、全半会結成のきっかけとなった場所である渥美半島の先端から見えた島です。

しかしメンバーは蓋を開けてみると全半会の旧来の参加者はほとんど都合が合わず、僕とデビル伊藤のみの参加。
あとはみんな高校の友達をかき集めてきました。
山岳部からはくーちゃん、侍、そして堕天使。
他に石川と鈴木ヤスという2人。
合計7名と成りました。
つまり実際には、全半会の慰安旅行というか、「高校の仲間+デビル伊藤」という風になってしまったんですけどね。
この中でくーちゃんだけは、全半会初参加でありながら、保育園からの友人であり、全半会結成以前の「名も無き無銭旅行集団」の参加者でしたから、ちょっと別枠ですが・・・。

ともあれですね、この7名の男による初めての神島合宿が挙行されたわけです。
高校2年生、17歳の夏のことでした。
神島ではどんな生活をしていたのか?
それは現在の神島合宿とも重なる部分なので、またの機会に書きます。
とにかく言える事は、僕も含めて我々全員が、神島合宿がこれから10年以上も続くビッグイベントになり、全半会が総勢50名を超す団体になるとは夢にも思わなかったことです。
当時は本当に、どこにでもいる高校生の、ちょっと冒険する夏休みでした。

神島合宿が終わってすぐに、今度はソロで静岡県へ旅立ちました。
前年の冬合宿が実家から静岡県の御前崎まで行くつもりが、途中の天竜川までとなってしまったので、残りの区間を2泊3日で完歩するための旅でした。
ゴールデンウィークの知多半島の旅に続く、2回目のソロ旅行でしたが、だんだんと一人旅に慣れ、一人旅でしか味わえない贅沢な気分を楽しめるようになってきました。

さらに、夏休みの後半に久々にデビル、ケンタと前半会結成時の3人で旅をしました。
行き先はよく分からないけど、下呂。
飯田線に続くローカル線の旅第2弾で、今度は岐阜県の高山本線に沿って歩きました。
行き先が下呂になったのは、軟弱者であるケンタが「温泉でのんびりしたい」と言ったからです。

IMG3_R.jpg
こちらがしおりです。
日程を見ると、何と空欄(汗)
きっと直前まで日程が分からないままに、しおりだけ作っていたんでしょうね。

この旅はちょっと思い出深い旅で、初めて警察のご厄介になりました。
2日目の夜ですが、どこかの無人駅でステーション・ビバーグしていたら、夜中の0時頃に警察がやって来たのです。
なんでも、近所の人がご丁寧に通報してくれたみたいで。
来たのは年配と若い警官の2人組で。
若い警官のほうは我々を実家まで強制送還するつもりだったのですが、年配の方が我々の旅に理解を示してくれ、温情をかけられました。
すなわち、この駅で野宿をするのは困るから、1時間ほど歩いたところにある「道の駅」に移ってくれと。
今思うと、なんじゃそりゃ??
という感じですが。
道の駅なら野宿していいんか。
これから移動したら深夜徘徊で補導されるんじゃないか。
とか、いろいろと思う部分もありましたが、強制送還されたらたまらないので、素直に従うことにしました。

とまあ、いろんな旅に出かけた夏休みでした。
やっぱり、人生がいくら長くても、このような夏休みというのはもう二度とやってはきませんね。
書いていて、改めてそう思いました。



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Hさん宅の見学(外観~蔵)(2013年7月13日夕方) - 2013.07.13 Sat

久々に古民家再生に関する記事です。

今日は一日中、一人で作業していました。
廃材の片付けを!!
地道にですね、釘を抜いて、チェーンソーで切って、鉈で割って、薪にしていきます。
本当に地道に。
この3連休で終わればいいと思ったけど、終わりそうにないな(涙)
というわけで、本日の作業の報告は以上です。
だって、面白い発見もないし、写真もないんだもん。

夕方からは、以前ちらっと書きましたが、Hさんという方のお家を見学しに行きました。
Hさんはこのブログを見つけて、連絡下さった方です。
連絡下さったのは先週のことでしたが、今日お会いすることができました。
普段は山梨県に住んでいらっしゃるけど、伊那谷に茅葺きの古民家を所有していて、僕のブログに興味を持ってくださったとのことです。

というわけで家族4人でお邪魔しました。
今日の記事はHさん所有の古民家の外観から蔵までを見ていきましょう。
(ちなみにブログに載せる事はご了解いただいています)

130713-171131_R.jpg
こちらが西側の屋根。
妻方向です。
10年位前に葺き替えたということです。

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窓についている格子がお洒落ですね。
そこそこマメにリフォームというか、手入れを繰り返したきたので、壁は現代的というか、一昔前の住宅っぽくなっています。

130713-171302_R.jpg
茅葺きの断面図。
真ん中の黒っぽくなっているところは傷んでいるのではなく、古茅を使っているとのことです。
うちの屋根も同じようになっていたな。
あれは傷んでいたんじゃないんだ・・・。

130713-171402_R.jpg
こちらも茅の断面図。
一番内側に薄く、目の粗い茅の様な物が葺かれているのは分かりますか。
これは茅ではなく、葦です。
葦の方が太く、中空になっています。
葦の方が茅よりも丈夫で、水はけがいいから、一番内側に葺くというのを聞いたことがあります。
うちの屋根にももちろん葺いてあります。
ちょっと比べてみましょう。

120920-114024_R.jpg
こちらがうちの茅葺きの断面です。
どういう事情か分かりませんが、うちの方が随分と葦が厚く葺かれています。
あと、比べてみるとうちの屋根がボコボコなのも分かりますね(笑)

130713-171446_R.jpg
北側、棟方向の屋根です。
屋根の真ん中辺りが苔むしていて、左右と違う色になっていますね。
この真ん中の部分は、10年くらい前に、先ほどの西側の屋根と同時に葺き替えたということです。

ただですね、Hさんも嘆いていらっしゃいますが、10年前に葺き替えた新しい茅の方が傷みが激しいです。
左右の古い茅は確かに古いものの、しっかりと囲炉裏で燻されてきました。
一方、新しい茅は燻されていない。
茅を燻すと寿命が格段に延びるといいますが、それがよく見比べられます。
新しい部分の方が先に傷んでしまうというのは、皮肉なことですね。

130713-171647_R.jpg
東側の屋根。
西日とのコントラストが美しいです。

130713-172030_R.jpg
南側、玄関側の屋根。
こちらは全体的に5年ほど前に挿し茅をしてあります。
うちの物件もそうですが、本当はマメに挿し茅をするのがいいんですよね。
お金はかかりますけど。

130713-172401_R.jpg
続いて蔵に移りましょう。
蔵の全体像は撮影し忘れました(汗)
こちらは蔵に併設されている農作業小屋です。

130713-172448_R.jpg
スムーズに開く蔵の扉。
いいなあ。
うちと同じように、しっかりと木の戸車がついています。

そういえば僕はちゃんとした蔵に入るのは、これが初めてです。
うちの蔵は燃えたり崩れたりしてますからね(涙)
うちの蔵も燃えてなかったら、こんなに立派だったんだよな、とか思いながら。

130713-172610_R.jpg
蔵2階の棟木です。
この蔵は棟札ではなく、棟木に直接記録が書かれています。
棟梁の名前と、築年。
明治33年ということで、母屋はもっと古いと推測されます。
そういえば母屋は築年数不明ということだけど、屋根裏に棟札は無かったのかな?

130713-172655_R.jpg
嫁さんが見つけた、タンス階段にあったジャッキ。
うちのと同じタイプです。
随分専門的な道具な感じですが、昔の家には普通にあったのかな・・・?

さて、外観と蔵の見学はこのようにして終わり、続いて内部を拝見させていただきました。
それはまた明日の記事にて。



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Hさん宅の見学(母屋の内部)(2013年7月13日夕方) - 2013.07.15 Mon

昨日は本当に久々にブログ更新できませんでした。
1日中の作業で疲れて、9時くらいから朝まで爆睡(笑)
いやあ、だめですねえ。

というわけで、一日空いての更新です。
Hさん宅の内部を見ましょう。

130713-175030_R.jpg
こちらが平面図です。
普通は古民家というのは平面図が無かったり、あっても手書きだったりすることが多いのですが、Hさん宅は10年ほど前にリフォームを検討していたため、詳細な平面図が作ってあります。
広さはうちの半分よりもちょっと大きいくらい。
ちょうど我が家の家族が住むには手ごろなサイズです(笑)
いいなあ。

130713-175036_R.jpg
ちなみにこれが10年前のリフォームの一案。
他の案も見せてもらいましたが、土間を潰して大きなLDKを作ったり、洋間を作ったり、それなりに現代的なリフォームを計画していたようです。
ただし、茅葺き屋根は現況のままの予定だったとか。

130713-180255_R.jpg
こちらはHさん宅とは関係ありませんが、茅葺屋根の上からの板金下地の写真です。
随分昔に板金屋根の業者が営業に来て、置いていった資料にありました。
1992年の写真ということで、当時はまだ茅葺き屋根も残っていて、それに対する飛込みの営業もあったんだろうな。

130713-173004_R.jpg
続いて内部ですが、まずはこちらが平面図でいうと左上の隅にある、味噌蔵です。
建物内部だから、「味噌用の納戸」というべきか・・・。
この部屋の面白いところが、写真の土壁。
ここの土壁は外側から塗っただけで、中からは一切塗られていません。
土壁の荒塗り仕上げとか中塗り仕上げというのは聞くけど、内側から塗らないのは初めて見ました。
よく分かりませんが、味噌蔵ならではの施工法かもしれません。

130713-173643_R.jpg
こちらが大黒柱です。
多分8寸角。
ちなみに土間はコンクリート土間になっています。

130713-191437_R.jpg
続いて屋根裏に上ろうという話になりました。
本来の屋根裏に上る穴は、現在は押入れになってしまっているので、新しくつけたこの穴から上るそうです。
脚立を伸ばして上ってみたものの、とても天井に上れる感じではありませんでした。
なので脚立の一番上に立って、写真だけ撮影します。

130713-191825_R.jpg

130713-191832_R.jpg

130713-191839_R.jpg
とまあ、小屋裏自体はうちと同じような感じですね。
建物の大きさに比例して、うちのような馬鹿でかさはありませんが。

さて、夕方頃にHさん宅にお邪魔して、それから夕食をご馳走になり、9時くらいまでお話をして帰りました。
翌日は今度はHさんが我が家の古民家をご覧になるということで。
Hさんからもいろいろなお話が聞けて、楽しい一夜でした。
Hさん、ありがとうございました。



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3日連続で廃材片付け、そして2人の訪問者(2013年7月13日~15日) - 2013.07.16 Tue

久々に作業の進展の報告です。
この間の3連休は3日とも現場で作業しました。
もちろん廃材片付け(薪割り)。
天候が怪しい部分があって、途中で何回か降られたけれども、それでも概ね計画通りに作業できました。

130702-183152_R.jpg
これが前回の7月6日の作業終了時の写真です。
では、1週間ぶりに廃材の片付けスタート。

13日は一人で黙々とやりました。
この日は昨日までの記事で紹介したように、Hさん宅にお邪魔する予定だったので、午後4時に作業切り上げ。
そしたら4時ちょうどから雨が降ってきて、ちょっと大変な撤収となりました。

翌14日は長女と二人で。
長女はちょっと嫌そうだったけど、クラブが久々に休みだったので、手伝って貰いました。
まずは朝に来客が。
130714-093623_R.jpg
Hさんが今度は我が家を見にいらっしゃいました。
(写真の掲載はご了解いただいています)
本当だったらもっとゆっくりご案内したかったのですが、あいにく僕達は作業中。
あまりお相手できなくて申し訳ありませんでした。
また進捗状況を見にいらっしゃって下さい。

さて、作業ですが、あまり写真がない(汗)
廃材が減ってくる様子も楽しいから、もっと撮影すればよかったorz

130714-120948_R.jpg
廃材の片付く様子ではありませんが、こちらが蔵の中に作った第二の薪置き場です。
14日の正午頃にまずは1列目が一杯になりました。
このスペースなら4列くらいは積めそうで、一杯になる頃に廃材の山も片付くはずです。

15日はほとんど一人で作業。
昼前と、夕方にそれぞれ短時間嫁さんが手伝いに来てくれました。
最近は暑いし、次女もじっとしていられないので、昔みたいに次女を車に寝かせての作業はできません。
嫁さんが次女を背負っての作業となります。

130715-084703_R.jpg
こちらが15日作業開始時の廃材の山。
1枚目の写真と比べても、多少は減っているのが分かりますか?
では、3日目の作業開始です。

この日は午後2時半くらいに突然、ある男性が訪ねてきました。
上伊那郷土研究会が出している月間郷土研究誌「伊那路」の編集員をされている、矢澤さんという方です。
(ブログにお名前を出すことは、ご了解いただいています)
ちなみに「伊那路」はこちらです。

なんでも今回は、伊那谷に残る茅葺きの古民家を調査しているのだとか。
ちなみに前回の茅葺き古民家調査は昭和60年で、その矢澤さんがこの辺りの古民家を歩き回って調査をしたのだとか。
昭和60年って僕が2歳のときですよ!!
そのときの記録をちらっと見せて貰いましたが、確かにその頃は今とは桁違いに多くの茅葺きの家が残っていたようです。
それがほとんど没落したり、建て替えられてしまったのだとか。

矢澤さんとしても、久々にうちの古民家に足を運んだら、屋根にブルーシートがかかっているし、蔵は燃えているし、見知らぬ若者がなにやら作業しているしで、びっくりされたようです。
状況が飲み込めないようでしたので(そりゃそうだ)、僕が購入して再生している経緯を説明しました。
そして1時間ほどお話して、僕が古民家再生している理由とか、その意義とかをお話しました。

古民家再生の中でこうやって繋がっている人の輪も、とても楽しいです。

さて、1日作業した成果がこちら。
130715-181810_R.jpg
どうです?!
さっきの写真とか、最初の写真と見比べて下さい。

やってもやっても減った感じのしない、成果の見えない作業でしたが、ようやく終わりが見えてきました。
やっぱりある程度いくと、成果が見えるようになるものですね。
あと2日ほどの作業で終わりそうな気もします。

今週末も土日が作業できそうです。
(電気工事士実技試験の対策をまったくやってないけどw)
雨じゃないといいな。



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受験勉強が始まるまでの合宿(2000年冬~2002年春) - 2013.07.17 Wed

また全半会の話に戻ります。
今日は高校2年生の冬~春にかけての話。

まずは2000年冬合宿。
IMG6_R.jpg
日程を見ると2000年12月28日~30日の2泊3日。
よくもまあこんな年末に行ったものだな・・・。
メンバーは僕と、侍と、堕天使。
共に高校山岳部の仲間で、夏の第1回神島合宿からの全半会への参加者です。
神島でも十分に楽しんで貰えたから、今度は全半会の本来の活動であるバックパッキングにも巻き込もうと。
旅をしたのは御前崎~焼津の区間の2泊3日。
ただこの旅は残念ながら僅か40キロくらいしか歩いていないんですね。
冬は日照時間が短いから、夕方4時頃には野宿場所を探す必要があって仕方ないんだけど、それでももうちょっと歩きたかったな。

つづいて、2001年の春合宿。
時期は確か3月下旬頃。
高校2年生が終わり、3年生になる直前です。
もう受験勉強は始めていましたし、3年生になったらバックパッキングに行く時間なんて無いのは分かりきっていたので、その前にもう一度だけということで、出かけました。
他のメンバーは日程が合わなかったので、一人旅で。
行き先は冬合宿の続きで、今度は焼津~沼津の区間。
3泊4日の旅行です。
1日目は焼津を出発して、「いちごライン」っていう道沿いにある砂浜で一泊。
2日目は見事に雨でした。予報どおりに。
雨だから仕方ないってことで、テントでゴロゴロ。
それを見越して、たくさんの本を持ってきていましたから。
この日は確か「ウォーターワールド」って本を読みました。
不思議なもので、野宿中にどこでどの本を読んだ買ってのは大抵覚えてます。

この1年前の春合宿でも雨のために丸一日停滞しましたが、今回は一人。
雨の中、ずっとテントで一人でいるってのも不思議なものです。
特に今回は屋根のない砂浜なので、テントを出ることもまま成らない。
途中、昼前に雨脚が弱まったときにコンビニに行った以外は、ずっとテントの中にいました。
そしてこの日は、人生で最もよく眠った日です。
多分18時間くらいは眠りました。
前日に歩いた分の疲れもあって。
食事をして、寝て、本を読んで、そんな一日でした。

翌日は朝4時くらいに起きて、出発。
日常の中で18時間も寝たらきっと気持ち悪くなってしまうでしょうが、野宿のせいか、旅のせいか、このときはまったくそういうことも無く、気持ちのいい目覚めで一日をスタートできました。
普段の旅では朝はのんびりしていることが多いですが、夜明け前から歩き始めるのは気持ちよかったです。

さて、この日は僕の人生でもちょっと変わった体験をしました。
ウォーキング・ハイです。
歩くほどに自分の体も頭も活性化し、まるで追い風を受けているような力強い歩調で歩けました。
きっと脳内にエンドルフィンがたくさん分泌されていたのでしょう。
というわけで、夕方5時頃まで元気に歩きとおせました。
歩数計を見ると50キロほど歩いたと表示されていました。

夜は富士市にある公園で一泊。
とても気持ちのいい公園で、後にもう一度訪れることになります。
今となっては記憶は薄れているけど、新幹線の新富士駅が近くて、団地と小川の横にあって、すぐ近くに小型のスーパーがある場所です。
またいつか行ってみたいな、と思わせるほど居心地のいい公園でした。

春の頃だったので、公園の桜は満開。
夕方から夜桜を見ながらバーベキューをしようという一団がやってきました。

僕はいつもどおりテントの中で夕食を食べて、読書をして、9時くらいには消灯しました。
外のバーベキューの人々はまだ盛り上がっている様子。
そして暫くすると、バーベキューのところにいた子ども達が僕のテントにやってきて、「旅人さん、お父さん達が一緒に飲もうって言ってますよ」と、誘ってくれました。
僕はちょっと眠かったけど、これも貴重な経験と、お言葉に甘えることにしました。
とはいっても、高校生で、しかも現在でもそうだけど、お酒の飲めない僕。
ひたすらに肉ばかり食べさせて貰いました。
そして、こちらの旅の話をしたりとか。
桜の香り漂う、不思議な一夜でした。

翌日、旅の最終日はまたいつものように歩き始めたものの、昼前から雨。
でももう旅も終わり出し、多少の無理は利くので、合羽を着て歩き続けます。
夕方頃に沼津市に到着して旅は終了。
これ以上海岸線沿いに進むと、伊豆半島になってしまうのでここで帰ることにします。
せっかく沼津に着いたけど、こちらは合羽でびしょびしょのホームレス状態。
大人しく電車に乗って帰りました。

そして旅から帰ると、それこそ本格的に受験モードに突入するのでした。



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東へ西へ飛ぶように(2002年春) - 2013.07.18 Thu

2001年春合宿(一人旅)が終わると、本格的な受験生でした。
授業が終わっても夕方遅くなるまで学校で補習を受け、帰宅後も勉強。
好きな散歩も我慢したり、短時間で済ませたり、ひたすら勉強。

僕の目指す大学は国公立の文型だったので、センター試験は5教科6科目型でした。
国社数理英の5教科で、数学のみ2科目。
国語と英語が200点満点で、後の科目は100点満点なので、合計800点満点。

休日は当たり前のように10時間勉強し、それが1年間続くという長丁場でしたが、それなりに楽しく充実していました。
勉強も大変でしたが、それほど苦ではありませんでした。
当時勉強したことは半分以上は記憶から薄れています。
ただ、「何事も楽しむのが得策」ということを学ぶことはできました。

さて、2002年1月下旬にセンター試験があって、2月にはいくつかの私大の試験があって。
(私大を滑り止めにする気なんて無かったけど、母校への義理で受験した。)
2月の下旬に、信大の前期試験を受けました。
そういえば受験のために長野に行く前の夜、デビルと2人で登山しました。
なぜか夜中の登山。
2年前に強化訓練と称して登った山です。
山頂からはもうすぐ離れる地元の景色が一望できました。

信大の前期試験が終わると、僕はすぐに旅に出かけました。
どうせ後は結果を待つだけだし、不合格で後期試験を受けることになっても、試験内容は実技だから対策の必要は特に無いし。
行き先はどこでもよかったんです。
今となってはよく覚えてないけど、愛知県と三重県の県境辺りまで電車で行って、そこから伊勢湾沿いに南下していきました。
どこまで歩いたかも覚えていません。
ああでも、気持ちのいい公園で筒井康隆の「旅のラゴス」を読んだな。
そういうことは覚えています。

旅の途中で何かの用事があって、担任の先生に電話しました。
「今どこにいるの?」
と聞かれて、
「野宿しながら旅しています」
と答えると
「受験の結果が出るまでは自宅待機していなさい!!」
なんて厳命されました(汗)
ま、そりゃそうでしょうね。

担任の命令どおりに、気が済んだところで旅を終えて地元に帰り、自分が合格しているのを確認しました。
さて、いよいよ大学進学。
地元を離れます。
でも、地元で過ごす残された春休みは残り20日以上。
受験も終わって、久々に手付かずの時間が与えられました。
また旅に出よう。

そんなわけで始まったのが、春合宿。
行き先は伊豆半島です。
ちょうど一年前の旅行で到着した沼津市から出発して、伊豆半島を南下し、半島の先端を目指そうと。
久々に半島の先端を目指す、我々の原点に戻る旅です。
メンバーも全半会の創始者(僕とデビルとケンタ)が全員集合です。
そして奇しくも、創始者3人で行った最後の旅となりました。
IMG7_R.jpg
ちょっと汚れていますが、こちらがそのしおり。
実はこのしおり、数あるしおりの中で僕のお気に入りの一つです。

通常、しおりというものは旅の前に誰かが書いて、それをコピーして配るわけですが、このしおりを書いたのは旅の前夜。
3人で集まって、一つの座卓を囲んで、みんなで共同で書きました。
一つのページを書き終えたはずなのに、そこに誰かが加筆したり、いたずら書きしたり、あるいはまったく関係ないお絵かきを新しいページにしていたり。
ほとんどのページが筆跡の違ういろんな文字で構成されています。
表紙はケンタの作成。
奴のセンスが全開です
タイトルがいいですね。
「伊豆半島を喰らう」なんて(笑)

さて、そんな風に思いつきで旅に出た2002年3月の上旬だか中旬、沼津市から歩き始めました。
全体として何泊の旅になるかは分からなかったけど、デビルとケンタは最初の2泊3日のみで帰る予定でした。
初日は西伊豆のどこかで野宿。
西伊豆というのは面白い場所で、かなり進んでからでも場所さえよければ、北に富士山が大きく見えます。

ただ、この旅はちょっと大変なところがあって、西伊豆は大部分の海岸線が切り立った崖で、曲がりくねっています。
通常、旅に出るときは地図用のメジャー(コロコロする奴)で距離を測って、1日30キロ目安で計画を作るわけですが、西伊豆の実際の道は地図では表現できないほど曲がりくねっていて、実際に歩いてみると計画通りに進むことができません。
また、西伊豆はかなり過疎化していて、補給にも苦労しました。

特に2日目。
暗くなる時間まで峠を歩いて、やっとある集落に到着しました。
そこは本当に小さな集落で、公園も無く、保育園か何かの敷地にテントを張りました。
で、夕食のために何か食料を買おうとするも、商店は一切無く。
自動販売機しかありませんでした。
人に聞いても、この集落には商店が無く、商店のある集落までは8キロくらい歩くといわれ。
しかもなぜかこのとき、我々は一切の食料を持っていなかったんです。
いつもなら持っているのに、なんでだろ??

何も食べないわけにはいかないので、見知らぬ民家に入って食料を恵んで貰いました。
ご飯と、豚肉と、野菜と、味噌と。
それで我々は豚汁を作り、翌朝は雑炊にしました。
いろいろな経験をした人生ですが、見知らぬ人から食料を分けてもらったのはこれが最初で最後です。
人の優しさに助けられました。

翌日は土肥温泉まで歩いて、お風呂に入って、デビルとケンタとは分かれる。
そして、一人で歩き続け、「恋人岬」というふざけた観光スポットに行き、恋人だらけでやさぐれる(笑)
一人になったその3日目は田子の浦というところで野宿しました。
漁協が強いところで、ちょっと怖かったです。

4日目はなぜかヒッチハイク。
なぜだろう。
中学生のとき以来やっていないから、久々にやりたくなったのかな??
3台の車を乗り継いで、南伊豆町に到着。
そこから半島の先端まで歩いていきました。
伊豆半島の先端は完全に観光地になっていて、植物園みたいなのがあって、南国風で、これまでの半島の先端のような哀愁みたいなのはありませんでした。

さて、半島の先端にも行ったことだし、これから東伊豆の方に歩いていこうかなと思っている矢先に雨。
うーむ。
じゃあ今日はここで野宿するかと思うも、あちこちにある「キャンプ・焚き火禁止」の看板。
うーむ、うーむ。
あとで分かったことだけど、伊豆半島の先端から東側は野宿禁止です。
東京方面からたくさんの若者が遊びに来て、地元に迷惑をかけ、そうなってしまったようです。
なんでも、酔って、漁師小屋を壊して、キャンプファイヤーをしたとか。
ひどい話で、そのとばっちりで僕のような人畜無害な旅行者も野宿できません。

しばらく彷徨っているとキャンプ場らしきところがあって、そこで交渉すると1泊2,000円だとか言われました。
テント一張りの値段。
10人用テントでも、僕のようなソロ用テントでも一律の2,000円。
うーむ。
自慢ではありませんが、全半会は現在に至るまで一度もキャンプとか野宿地にお金を払っていません。
全て無料の場所、つまりキャンプ場ではない場所でやっています。
このときの僕にとって2,000円というのはありえない値段でした。

雨は降っているし、夕方になってきたし、野宿はできないし。
さて、どうしたものか。
という中で、一か八かのヒッチハイク開始。
今となっては経験的に断言できますが、雨が降っていたり、暗かったりするとヒッチハイクで拾って貰える確率は激減します。
濡れているヒッチハイカーは乗せたくないし、暗いと発見して貰いにくいからです。
でもこのときはなぜか捕まりました。
しかも東京行き。

野宿できそうな場所に行くだけでよかったのに、まさかの長距離。
伊豆半島脱出です。
東京に叔父がいるので、そこで泊めてもらうことにしました。
というあっけない幕引きで、伊豆半島の旅は終了。
でもいいんです。
ヒッチハイクの旅は本当に風まかせですから。

そうして高校生活最後のバックパッキングは終了。
残された春休みはそれなりに忙しく、それなりにのんびりと過ごしました。
でもその期間に松本まで下宿探しに行ったり、それなりにやることは多かったな。
あと、デビルが自動車の免許を取ったので、よく2人で今まで野宿して来た場所を巡ったりもしました。

そうやって春休みが終わり、僕は大好きだった地元を離れました。
最後まで自分がなぜ地元を離れるのか、考えながら。
そのときの自分なりの答えはこうです。
「地元には自分の欲しいものがみんなあるから」
だから、離れるべきだと。
今考えても、なかなかの答えですね。
確かに地元に欲しいものがみんなあって、居心地がよくて、友達もたくさんいる。
だから、そこには居てはいけない。
もっと広い世界に出て、新しい場所で、自分を試さなければならない。
きっと地元に残っていたとしたら、僕はもっと小粒な人間に納まっていたのかもしれません。

そして、全半会の仲間達も東へ西へ分かれ行く鳥のように、思い思いの方向へ進んでいきました。
またいつか一緒に旅をしようと誓いながら。

2002年3月末。
このようにして僕は愛する地元を離れました。
行き先は長野県松本市。
その長野県に自分が土地(古民家)を買い、永住することになるとは露知らず・・・。



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大学時代の活動(2002年春~2006年春) - 2013.07.19 Fri

またまた全半会の話です。
古民家再生ブログで全半会の話ばかりというわけにも行かないので、そろそろ駆け足で見ていくことにします。
今日は大学4年間の全半会の活動について。

松本市で一人暮らしを始めて、初めてのゴールデンウィーク。
この年のゴールデンウィークは前半と後半に分かれていました。
そこで前半は歩きとヒッチハイクの併用で、2泊3日で戸隠までいきました。
後半はヒッチハイクで、九州の太宰府天満宮へ(3泊4日)。
そういえばこのときの帰り道、大津のSAで野宿して、翌朝ヒッチハイクしていたら、乗せてくれた車がなんと実家の目の前を通る車でした。
授業が始まっていたので一刻も早く松本へ帰る必要がありましたが、「これも運命」と思い、実家へと電撃帰郷しました。

そして夏休み。
受験勉強で1年間開いてしまったので、2年ぶりの神島合宿です。
IMG8_R.jpg
第2回全半会離島合宿。
2002年8月10日~13日(3泊4日)
参加者8名。

更にこの夏は単独でバックパッキンに出かけ、アルバイトで貯めたお金で折りたたみのカヌーを買って旅をし、1ヶ月かけてヒッチハイクで日本一週しました。

大学1年生が終わる春休みには、今度は1ヶ月間かけてマレーシアとタイを旅しました。
全半会の活動とはちょっとずれるので、ここでは触れませんが。

どんどん見て行きましょう。

IMG9_R.jpg
第3回全半会離島合宿。
2003年8月10日~13日(3泊4日)
参加者10名。
三重県の菅島で行う予定が、菅島から来島を拒否されたため、急遽神島で実施。
しおり作成者はデビル。

9月には3週間くらいかけて北海道をヒッチハイクで1周しました。
翌年2~3月には40日くらいかけて中国~モンゴルを旅しました。

IMG10_R.jpg
第1回全半会春合宿。
2004年3月26日~28日(2泊3日)
参加者7名。
奥三河の河原で実施。
しおり作成者は侍。

IMG11_R.jpg
第4回全半会離島合宿。
2004年8月11日~14日(3泊4日)。
参加者6名。
三重県の坂手島で実施。
しおり作成者は堕天使。

9月には単独で中国旅行。

IMG13_R.jpg
第1回全半会冬合宿。
参加者5名。
長野県松本市の芥子坊主岳で実施。
雪の中での合宿。

2月の終わり頃に、タイとカンボジアをめぐる旅。

IMG12_R.jpg
第2回全半会春合宿。
2005年3月21日~23日(2泊3日)
参加者6名。
奥三河の河原で実施。
しおり作成者はくーちゃん。

IMG14_R.jpg
第5回全半会離島合宿。
2005年8月12日~15日(3泊4日)
参加者10名。

しおりの表紙と、概要だけをつらつらと並べていきましたが、それなりにコンスタントに合宿を繰り返していった学生時代でした。
離島合宿は6~10名程度と、現在の全半会に比べたら随分とコンパクトな感じですね。
それでも僕達は順調に合宿を続け、どんどんと力を蓄えていきました。
それが現在でも全半会の基礎の部分にちゃんとあります。



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ラーメン屋時代の合宿(2006年春~2010年春) - 2013.07.20 Sat

今日はラーメン屋時代の全半会の合宿を纏めていきます。

全半会は何度も衰退の危機がありました。
例えば大学受験の1年間、まったく活動できなかったこと。
あるいは高校卒業と同時に、メンバーがあちこちに散らばってしまったこと。
あるいは、大学4年間はそれなりにメンバーも増えたものの、一時期は5~6名程度の小規模な合宿しかできなかったこと。
あるいは、大学生活が終わって、みんなが社会人になってしまったこと。
みんなが社会人になったときは「もう、合宿なんてできないかもな・・・」なんて、みんなが考えていたことです。

ただ実際には、僕達はそれらの危機を如何にも軽妙に乗り越え、メンバーを増やし、ここまでやってきました。
特にラーメン屋時代の4年間は、全半会がどんどん大きくなっていきました。

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第6回全半会離島合宿。
2006年8月13日~15日。
参加者8名。
社会人になって初めての合宿。
参加者も微妙に集まらず、期間も2泊3日に縮小され、「いやー、大丈夫か?」という気持ちはあった。

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第7回全半会離島合宿。
2007年8月12日~15日。
参加者12名。
社会人2年目。
全半会第三世代ともいうべき、syuさん、まっつーさん(共にGW作業に来てくれた)が初参加し、現場でモンタをスカウト(この辺の話はまたいつか)した合宿。
メンバーも増え、ここからの全半会の躍進を予感させるものとなった。

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第8回全半会離島合宿。
2008年8月13日~16日。
参加者18名。
同じく全半会第三世代のもげが加わった合宿。
これ以降、離島合宿は20名程度での開催が慣例となっていく。

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第3回全半会春合宿。
2009年4月11日~12日。
参加者6名。
場所は長野県下伊那郡飯島町の与田切川沿いにて。
全半会史上唯一の、代表である僕が不参加の合宿でした。
僕はこのときはイベント出展でラーメンを売っていました。
イベントに出ると1日で10万円くらい売れるから、外せなかったんだよな。

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第9回全半会離島合宿。
2009年8月13日~16日。
参加者19名。
ラーメン屋時代最後の合宿となりました。
この合宿には二つの特筆すべき点がありまして。
一つ目はこの年をもって、全半会は10周年を迎えました。
なので、10周年の記念会報を発行(200冊も!!)し、記念祝賀会を神島の民宿で開き、砂浜にタイムカプセルを埋めました。
というのともうひとつは、このとき僕は「ラーメン屋台店主から教員へ」というようなテーマで、1年間のテレビ局のドキュメント取材を受けていまして、その取材班が神島合宿も僕の人生の一部ということで、取材に来てくれました。
(ちなみに1年後に1時間番組になりました)
まあ、この辺りは僕の人生のハイライトですね。

無題-ステッチされた画像-14_R
こちらが10周年会報の表紙と裏表紙です。
中身はというと、全半会の歴史、メンバー、座談会、エッセイ、小説と盛りだくさんでした。


さて、受験勉強に大学進学に就職にと、数々の試練を乗り越えて全半会は10周年を迎えてしまいました。
次なる試練はというと・・・。
「結婚して、子どもができてからも続けられるかなー?」なんて考えながら。



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教員になってからの合宿(2010年春~現在) - 2013.07.21 Sun

毎度お付き合い戴き、ありがとうございます。
全半会の通史としては今回が最後で、やっと現在まで追いつきます。

2010年1月31日、僕は約4年間経営したラーメン屋台を閉店し、4月から教員になりました。
そのことが全半会に何か影響を与えたかというと、特になにがってわけでもないですが。
一つの変化として、ラーメン屋のときよりも休みが増えて、特に土日休みになったために春合宿が復活しました。
これは割りと大きな変化ですね。
もうひとつは、教員になったすぐあとに結婚したので、僕が家族連れで参加するようになったというのも変化といえば変化です。

では、またしおりを軸に追っていきましょう。

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第4回全半会春合宿。
2010年4月10日~11日。
参加者8名。
場所は過去に2回合宿したことがある、奥三河の河原。
やっぱり気持ちのいい場所というのは、何回も行きたくなるものです。
しおりの担当は堕天使。

001_R.jpg
第10回全半会離島合宿。
2010年8月13日~15日。
参加者21名。
しおりの担当はGW作業にも来てくれた、まっつーさんです。
画像では左半分が裏表紙、右半分が表紙となっています。
歴代のしおりの中でもかなり逝っちゃってる表紙です。
こんなのを書いたのが当時32歳の敏腕ビジネスマンというのが泣かせます。

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第11回全半会離島合宿。
2011年8月13~15日。
参加者21名。

IMG21_R.jpg
第5回春合宿。
2012年4月14日~15日。
参加者11名。
場所は岐阜県関が原。
メンバーに大阪などの関西組が増えて、たまには関西からのアクセスのいいところでやろうという趣旨。
あまり良い河原がなかった関が原でしたが、車3台に分かれて河川を虱潰しに遡上して探すうちに、とんでもなく気持ちのいい開けた河原を発見し、そこで野宿しました。
「クマ出没注意」の看板以外は理想的なサイトでした。

ちなみにこのときのしおりには割と詳しく行軍日程が書いてあります。
ちょっと引用してみましょう。

【行軍計画】

(4月14日)
11:00
ヤオセイ関が原店に集合・買出し
12:00
幕営予定地に移動
昼食
ベースキャンプ設営のふりをする
14:00
人間としての尊厳が危ういくらいに堕落する
具体的には酒を飲んで寝転がる
BGMは「ライオンは寝ている」に厳選する
16:00
かろうじて起き上がり、火を熾す真似をする
人間とチンパンジーの中間あたりの行動を規範とし、「人間辞めますか?」と問われれば「春だから」と答えられる水準を保つ。
畜肉なんぞを焼いたり、咀嚼したり、嚥下したり、排出したりする。ときどき頃合を見て放屁する。
20:00
早くもクライマックスを迎える。酩酊する。人間を辞めてしまいそうな仲間がいたら石を投げてあげる。
これくらいの時間に合流する仲間がいたら「一昨日来やがれ」「君のベッドはルートインホテルに確保した。もちろん自腹でね」などの優しい言葉をかけてあげる。
寝てしまいそうな仲間がいたら「夜闇に気をつけな」等のハートフルな言葉をかけ、テントに収容してあげる。
22:00
久野君に残ったお酒をみんな注いであげる。その際、たくさんおだててあげると美味しく飲んでくれる。
24:00
先にテントに入って休んでいる連中に、世間の怖さを思い知らせてやる。具体的にはトングで鼻をつまんだり、耳元で放屁したり、顔に落書きしたりする。
30:50
宴会終了予定時刻
「ま、ま、明日もあるので」「今宵は盛り上がりましたなあ」「故郷に残してきた家族が気がかりです」などの心にもない美辞麗句と共にお開きにする。

(4月15日)
7:00
起床
一瞬自分が人間であることを忘れ、天敵を探したり、周囲の木々にスプレー行為をしたりする。
8:00
ナイフとフォークを両手にテーブルをドンドンと叩いても朝食が出てこないという現実を受け入れ、いそいそと朝食らしきものを作る。
9:00
人間らしい生活はすぐそこ。
だからこそ、ここぞとばかり再び堕落する。
具体的には笹舟なんぞを制作して水面に浮かべ、えへらえへらと笑いながら追いかける。
10:00
撤収
これまで以上にけだるい作業なので、決死の覚悟で取り組む。団体装備は久野の車に放り込む。
11:00
出発
11:30
近所の温泉らしき場所に流れ込む。
「地獄谷から来たサルの一行だから無料で入りたい」と駄目もとで頼み込む。
茹ったところで昼食を摂る。
14:00
夏合宿での再会を約して解散。
泣くのもよし。
世間様に申し訳が立つ真人間に戻れたか、お互いにチェックしあう。
18:00
久野君帰宅予定時刻
明日からのつらい現実を受けれながらタバコを吸い、見上げる夕雲。心の中まで朱色に染まり、それはいつしか茜色から青紫へと、無久の記憶と共鳴しつつ変貌してゆく。夕明かりが夜闇に混じる頃には星が見え始めた。
いつの間にこんなところへ来てしまったのだろう。息を深々と吸い込み、考える。自分はどこにも行けない。それなのにここまで来てしまった。なぜだろう。自分は本当に、どこにも行けないのに・・・。

(引用終了)

2012表紙_R
第12回全半会離島合宿。
2012年8月12日~15日。
参加者19名。

さて、去年の離島合宿まで見終わって、現在まで追いつきました。
今はまた今年の「第13回全半会離島合宿」の準備中です。
ただ、今年は僕は古民家再生と、電気工事士の資格試験で忙しいので、合宿の案内からしおりの作成までをsyuさんがやってくれています。
ありがたいことです。

ところで、今年の合宿は8月11日~14日なのですが、誰か興味ある人はいらっしゃいますか??



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廃材片付けの終わりが見えてくる(2013年7月20日) - 2013.07.22 Mon

お待たせしました。
久々に古民家再生の話です。

この間の3連休に続いて、昨日までの2連休も廃材片付け。
今までの累計で何日間やっているんだろう?
下手をすればゴミ片付けと同じくらいかかっているかもしれません。
大まかに分別してゴミ袋に入れればよかったゴミ片付けと違って、やはり釘を抜いて、チェーンソーで切って、鉈で割るというのは手間も時間もかかります。
腰も痛くなるし。

いったいあの廃材の山、お金を出して処分して貰ったらいくら掛かるんだろう?
特殊なものじゃないし、案外安いかもしれないな・・・。
まあでも、廃材をお金を出して処分して、そして薪はお金を出して買うというのも変な話。
地道にやっていくことにします。

130720-092229_R.jpg
そういえば、現場に着くと林業みたいな人が木を切っていました。
以前の約束どおり、T開発が頼んでくれたようです。
切るのが難しいといわれたこの家の大木を切ってくれています。
とりあえずのところ、雷のせいで立ち枯れてしまっている木と、再生作業に邪魔な木だけ。
写真は切り倒されている途中の大木。

130720-101817_R.jpg
こちらが作業開始時の廃材山です。
一日でどのくらい片付くのでしょうか。

130720-160201_R.jpg
まだ途中ですが、午後4時くらいの状況。
作業は6時半までやるので、まだまだです!

130720-160233_R.jpg
ちなみに午後4時くらいの薪置き場。
2列目までが飽和しました。

130720-182321_R.jpg
午後6時半。作業終了。
地味に減っているのが分かりますか?
ちなみに夕方から1時間ほど嫁さんが手伝いに来てくれました。

130720-182300_R.jpg
作業終了時の薪置き場。
3列目が飽和するのも時間の問題となりそうです。

さて、作業終了時の様子を見る限り、あと1日で廃材の山は片付きそうです。
ラストスパートで頑張るか・・・。



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プロの伐採技術(2013年7月21日) - 2013.07.23 Tue

翌21日も廃材片付けに現場入りしました。
偶然にも、前日来ていた林業屋さんと同時に現場に到着。
それぞれの作業に入ります。

本当は仕事風景を撮影したかったんだけど、作業箇所は蔵の裏手の狭い場所。
危険作業だし、邪魔してはいけないよなと遠慮。

そうしているうちに、木が倒れるものすごい音がしたので見に行くと。
130721-083450_R.jpg
一本完了ってところでした。
垣根からちょっと敷地外にはみ出ていますが。

130721-083511_R.jpg
写真は先端のほうなのであまり大きく見えませんが、10メートル以上の大木です。

続いて、以前問題になった、トイレ横の大木を切ってもらいます。
130721-100617_R.jpg
こちらも10メートルは軽く超える大木。
13~4メートルくらいかな。
うちの棟の高さが11メートルだけど、それよりも高いです。

ちなみに今まで何人かの人に見てもらったけど、みんな「これは特殊伐採かな・・・」という感じの反応でした。家に近過ぎるし、敷地内に倒そうとすると枝が屋根にぶつかりそうだし。
さあ、どのように切ってくれるのでしょうか?

130721-100446_R.jpg
なにやらウインチのようなもので引っ張っています。

130721-100502_R.jpg
チェーンブロックでは無さそうな。
聞いてみると「チルホール」というものでした。
ドイツで発明されたもので、日本の囲炉裏の自在鉤をヒントに作られたそうです。

チルホールってこういうの

チルホール
久々の模式図ですが。
図のように倒したい木に引っ掛けて、チルホールのレバーをクイクイっとすると、滑車を通じて木が横方向に引っ張られるというものです。

130721-101834_R.jpg
このように「受け口」を作ってから、反対から「追い口」を切っていきます。

130721-101910_R.jpg
十分切れたところで、チルホールで引っ張って。

130721-101946_R.jpg
微調整しながら引っ張って・・・。

130721-102021_R.jpg
どーん!!

130721-102048_R.jpg
こちらが断面。

心配していたように、枝が屋根にかかることなく、理想的な方向に倒れていきました。
なるほど、チルホールってすごいな。
とか思いつつ。
使用していた3トンのものを見ると、値段が17万円くらい(汗)

まあ、餅は餅屋と言いますし、我が家の伐採はプロにお任せしますか!!
それでは明日の記事で、廃材片付けの様子をお伝えします。



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廃材の山が片付く・廃材山の変遷 - 2013.07.24 Wed

いよいよ廃材山が片付きました。
今日は達成感と共に、廃材山の変遷を懐古していこうと思います。

130406-121809_R.jpg
4月6日の様子。
まだ2つの蔵の片づけがようやく終わった頃ですね。
雨でゴミ片付けができない日は廃材でも片付けようと、各地に散らばっていた廃材を「燃えた蔵」の軒下に集めたのが廃材山の始まりです。
まさかあんなことになるとは・・・。

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こんなアングルしかありませんが、GW作業2日目(5月4日)。
廃材片付けは雨の日を中心に進めていたんだけど、ちっとも追いつかなくて。
増殖する一方でした。
まずは崩れてしまった下屋の解体、そして母屋床組みの中で傷んでいる床や根太や大引きの解体、そしてGW作業のトイレ・風呂の解体と。
とにかく廃材は増え続け、無造作に積まれていきました。

130615-093212_R.jpg
6月15日。
とっくに解体作業は終わっているけど、まだ廃材は増えて行きます。
それは薪置き場にしていた小屋が一杯になってしまったから。
だから、蔵の中に入っている廃材を出して、第二の薪置き場を作る必要がありました。

130630-154110_R.jpg
6月30日。
この辺りが多分廃材山の最盛期です。
とはいっても小屋一杯分、廃材を200束くらいの薪にしての状態で、薪作りをしていなかったら目も当てられない状態だったと思います。

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7月2日。
廃材片付けを頑張ってはいるものの、天候に恵まれず、なかなか進まない・・・。

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7月14日。
3日連続作業の2日目。
やっと廃材の減少が確認できるようになりました。

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7月20日朝。
先週末ですが、2日連続の片付けを開始します。

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7月21日朝。
先週の日曜日。
「今日で片付きそうかな・・・」と思いながら作業開始。

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7月21日夕方。
やりました・・・。
あの途方も無い廃材の山を、ほとんど一人で片付けました。
長女はクラブがあるので手伝わず・・・。
嫁さんは次女が目を離せないので手伝えず。
割った薪を束ねてもらう作業以外は、ほとんど一人でやりました。
久々に眺める蔵の壁と地面に感無量です。

ラストスパートの5日間の作業が効いたけれども、なんだかんだで10日以上の日数をかけてきました。

130721-181135_R.jpg
ごく一部ですが、こちらが抜いた釘。
すごい数です。

さて、最近の一番の懸案だった廃材山は片付けられたけれども、まだまだ再生作業は続きます。
とりあえずのところは、廃材山以外のところにある廃材も片付けないとな。
地味な作業が続きますね(笑)



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第二種電気工事士技能試験の練習1回目(2013年7月24日) - 2013.07.25 Thu

小学校の頃、図画工作の授業で先生に言われたこと。
「作品の出来はともかくとして、取りかかりが遅い
そういえば兄貴も同じことを言われてたっけな・・・。

そうなんです。
いつも取りかかりが遅いんです(涙)

えーっとですね、今週の土曜日(7月27日)に試験本番なのですが、初めて練習したのが昨日(7月24日)。
なぜ遅くなったかというと、いろいろとお金がかかってしまうので、躊躇していたと。
工具類が1万円ちょっとして、後は材料が買っただけでも2000円くらい。
材料はコンセントやスイッチ類は使い回しが利くとしても、電線は練習の度に使い捨てです。
1回の練習で2~300円分くらい使います。
だから、けちな僕としては、なるべく練習をせずに済ませたいところなんですけどね(笑)

あと、舐めておりました。
楽勝だろうと。
筆記試験に比べたら、楽だろうと。

というわけで、試験対策はと言って、学習DVDを買ったのが先週の今頃。
そして動画で勉強。
ふむふむ。
じゃあ、材料がもったいないけどやってみるかってことで、練習開始。

・・・。
・・・。
・・。
複線図が描けません(号泣)
筆記試験のときに一応は描けるようになったはずなのに・・・。
ブランクってのは恐ろしいですね。

あ、説明しておきますと、技能試験は事前に問題が13個公表されています。
本番はその中から1問が出題されます。
だから、練習とか対策をしてから臨めるわけですが。

ただ、筆記試験のときと違って、この技能試験の13問というのはどれも1箇所ずつは特徴的なポイントがあって、そのせいでブランクのある僕には複線図が描けなかったんですね。
パイロットランプの同時点滅だとか。

なのでまずは、複線図を描く練習。
13問を2回どおりくらい描きました。
そして昨夜、いよいよ練習1回目。
やったのは公表問題の№6。
何で№6かというと、他の問題は材料が足りなくて出来なかったわけですが。
まあでも、№6は公表問題の中でももっとも複線図を描くのに手間取った問題。
偶然ではありますが、ちょうどよかったです。

公表問題№6
それではストップウォッチで時間を計りながら、練習を開始しましょう。
試験時間は40分。
今回かかったのが39分
ギリギリじゃん(汗)
まあ、練習第1回目だから、よしとするか・・・。

手間取ったのはランプレセプタクルへの結線での輪作り。
輪がちょっと小さくなってしまったので、ペンチで微調整していたらまさかの断線orz
銅線ってのは柔軟性が少ないから、金属疲労で折れやすいんですね。
いい勉強になりました。
そんなこんなのタイムロスで39分。

130724-225210_R.jpg
出来上がった作品がこちら。
(ブレーカーは省略しています)
えーっとですね。
見た目はまずまず普通に見えますが、実際には欠陥施工の見本市みたいになっています(笑)

130724-225729_R.jpg
この問題一番の難所である連用取り付け枠の配線。
参考書の模範解答とは違うけど、この配線でも合っているはず。

130724-232118_R.jpg
欠陥①
リングスリーブでの圧着が初めてだったので、うまく出来なくて、このように芯線が出過ぎてしまいました。
この程度だと微妙だけど、軽微な欠陥(3つで失格)になるかも・・・。

130724-232218_R.jpg
欠陥②
本来なら芯線をリングスリーブで圧着してから不要な部分を切断するのに、よく分からないままに先に切断してしまった例。
これも軽微な欠陥かな・・・。

130724-232136_R.jpg
欠陥③
これは重大欠陥(1つで即失格)です。
圧着ダイスの間違いです。
1.6mmと2.0mmの2本の電線を結線するので「小」にすべきところを、「○(極小)」でやってしまいました。
電線の太さには気をつけないとな・・・。

うん、いい勉強になった。
今日もこれからいくつか作ってみます。



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第二種電気工事士技能試験の練習2・3回目(2013年7月24日) - 2013.07.26 Fri

では技能試験の練習2日目いってみましょう。
まずやったのがこちら。

№1
№1の問題でございます。
なんかホームセンターに足りない材料を買いに行ったんだけど、お金がもったいないから代用品でいいやと思い直して、ケーブルだけ買って帰ってきちゃいました。
というわけなので、この問題の「埋め込みコンセント(2口)」は「埋め込みコンセント(1口)」で代用します。
別に見た目以上の何かが変わるわけでもないし。

130725-223741_R.jpg

出来た作品がこちら。
時間は41分かかりましたorz
やってみて思ったけどこの問題はそれほど複雑じゃないんだけど、手間はかかるんですね。

130725-223756_R.jpg
前回の失敗点だった圧着はこのようにうまくいきました。

130725-223813_R.jpg
差込型コネクタも大丈夫。

130725-224251_R.jpg
こちらが連用取り付け枠。
ん?

なんかですね、気づいちゃいました。
完成した配線を見直して、非接地側から間違いなく接続されているか辿っていきます。
うん。
連用取り付け枠のところで間違えてる♪

130725-224301_R.jpg
こちらが複線図。
ちなみに課題では、パイロットランプは常時点灯です。

130725-224512_R.jpg
正しくはこうですね(矢印描いたところ)。
僕の複線図とか施工だとパイロットランプが同時点滅(スイッチONのときにのみ点く)になっちゃっています。
常時点灯の場合はパイロットランプに接地側(黒線)と非接地側(白線だけど複線図では緑線)を繋げる必要がありました。

うんうん。
こういうミスをすると本当に勉強になるなあ。

この時点で夜の11時くらいでしたが、もう1問やることにします。
選んだのがこちらの問題。

№3
№3です。
アース用の緑色IV線は無いけど、普通の黒線で代用することにします。
大人の事情により(1メートル60円のIV線をケチるため)

130725-233436_R.jpg
出来たのがこちら。
時間は35分。
でもですね、完成直前に施工ミスに気付きました。
僕の計算では最後の圧着に必要なリングスリーブは小が2つに、中が1つ。
しかし支給されているのは小が1つに、中が2つ。
変だなあと思っていると気付いたのが、「接地極付きコンセントへの接続が2.0mm線を使うべき」ということ。
僕はいつもの癖で、電源からの接続以外は1.6mm線を使っていました。
ちゃんと施工条件をよく見ないといけないな・・・。

さて、この日は2つ作って、0時を過ぎたので終了。
皆さんはお気づきでしょうか?
今のところ3回練習しましたが、3回とも施工不良で失格です。
あはは。

まあでも救いは、3回ともまったく違うミスであること。
同じミスを繰り返していたら嫌になっちゃうけどね。
あと1日しかないけど、たくさんのミスから学んで、本番では何とか合格しましょう♪



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第二種電気工事士技能試験の練習4・5・6回目(2013年7月25日) - 2013.07.27 Sat

昨日は夜遅くまで練習して、今朝は早くから起きて長野まで下道で往復(300キロ)し、技能試験を受け、帰ってからは長女の友達が夕食を食べに来るとかで、ラザニアとミネストローネとシーフードピラフを作ってと。
久々にグロッキーです。
なので今日のブログは簡単に。
昨夜の練習の様子をお伝えします。

それまでの3回の練習では、見事に3回とも重大欠陥がありました。
最後の夜となりますが、欠陥無しのところまで行き着けるでしょうか??

№5
№5の問題。
位置表示灯内臓スイッチがあるだけで、ごくごくシンプルな問題です。
本番もこういうのが出てくれると助かるな(笑)

130726-211420_R.jpg
出来たのがこちら。
35分くらいかな。
位置表示灯内臓スイッチは買うと900円位するので、普通のスイッチで代用。
施工する分には何も変わりません。
初めて欠陥無しの施工ができました。

№7
続いてやった№7の問題。
これは4路スイッチの問題ですね。
複線図に多少の癖はありますが、それを除くと施工自体は単純です。
ああ、あと。
この問題で初めてアウトレットボックスを使います。
これも使い方に慣れておかないと。

130726-221346_R.jpg
こちらが出来上がり。
37分くらいかかりました。
DVDを見ても、一番施工に時間のかかっている問題です。
これもまったく問題ありませんが、4路スイッチは900円位するので、3路スイッチで代用しています。
欠陥なし。

№9
続いて№9の問題。
3路スイッチと、あとはメタルラス貫通用の防護管の施工。

130726-225620_R.jpg
こちらが出来上がり。
30分くらいでした。
防護管の施工は初めてだったけど、まったく問題なし。
まあでも、練習無しでいきなり本番だと嫌だから、練習できてよかった。
一番右の露出形コンセントは普通のコンセントで代用しています。
欠陥なし。

この時点で11時過ぎ。
本当はもう1問くらいはやるつもりだったけど、止めました。
想像以上に疲れます。
頭も疲れるし、目も疲れる。
ずっと胡坐をかいているから足も疲れるし、硬い銅線をずっと施工しているから手もマメができそうです。
翌日は長距離の運転もあるし、もう寝よう。

それから片付けをして、翌日の準備をして、結局寝たのは0時半くらいでした。
参考書にも書いてありますが、こつこつやるのなら、練習は一日一問ずつやるのが良さそうですね。
僕はこつこつやるのは苦手なので、このように短期決戦型ですが(笑)

今日はもう寝ます。
最近、コメントへのお返事も書けなくてごめんなさい。

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第二種電気工事士技能試験を受けてきました(2013年7月27日) - 2013.07.28 Sun

では、技能試験の受験体験記といきましょう。
当日は朝の6時半に起きて、7時15分に出発。
それから3時間以上かけて長野市のエムウェーブに向かいました。

エムウェーブに着いたのは10時半で、10時55分までに入室完了しなければなりません。
もう暑くて暑くて。
写真を撮る余裕もありませんでした。
会場は筆記試験のときのビッグハットと同じく、大きなアリーナにたくさんの長机を並べて、試験会場としていました。
筆記試験の合格率が今回は63%だったので、技能試験には800人くらいいることになります。

着席をして、参考書で最後の確認をしながら11時を待つ。
周りの人は学生さん風の若者と、それ以上の社会人というか現場で働いてそうな人が半々くらい。
驚いたのが、社会人風の人はみんな使い込まれた工具を持っていること。
対して僕は、ホーザンの電気工事士受験用の工具セット(1万円也)。
まあ、素人だからいいんだけどね。

ああいった使い込まれた道具を持っている人って、普段は資格無しで工事しているんだろうか?
それとも職場とかから道具を借りてきているのかな?
よくわかんないです。
大きな工具箱を机の上においている人もいました。

特に僕の周りはそういったプロっぽいおじさんばかりで、ちょっとビビリながら待つ。
11時になると入室が締め切られ、問題用紙が配られる。
表紙には受験の注意事項と、支給される材料の一覧が書いてあります。

みんなそうだと思うけど、この表紙を見ただけで問題が分かりますね。
今回は4路スイッチの問題でした。
前日に練習してあります♪
試験開始までは細かい施工条件は分からないかと思いきや、いやいや、ほとんど分かりました。
リングスリーブ(小)が2つに、差込型コネクタ(2口)が5つ。
つまりは電源に繋がる2.0mmのVVFとの接続のみリングスリーブにして、後はコネクタを使うってことです。
あとはそれぞれの長さですが、これも支給されるケーブルの長さが書いてあるので、ほとんど分かります。

急いで頭の中に4路スイッチの複線図を作る。
大丈夫。
4路スイッチは苦手だったから、たくさん複線図の練習をしてきた。

問題用紙が配られると、次に材料が配られました。

そんで11時20分くらい。
試験開始の10分くらい前にアナウンスがあって、材料を開封して、中身を確認してくれと。
その際にケーブルを伸ばして、長さを実測してもいいと。
うーん、測る必要あるんか?
と思いつつも、周りの人がみんなやってるもんで、僕も測ることにします。
でも、伸ばすと嵩張るよなあ。
これから技能試験を受ける人はご注意下さい。
試験会場によるかもしれませんが、試験用の長机は狭いです。
受験票と問題用紙と工具と材料を置くと、かなり手狭になります。
残った僅かな面積をやりくりして施工することになります。
しかも施工していると、要らない切り屑とかたくさん出てくるし。
かといっていちいち全て「切り屑入れ」に入れるような余裕も無いし。

そんなこんなで測っているうちに試験開始。
あっけなく試験開始。

№7


昔は資格は持っていないけど手馴れている人が多くて、試験開始と同時にパチンパチンとケーブルを切る音が聞こえたそうですが、現在はそんなことも無く。
みんな手堅く複線図を描いていきます。
ちょっと丁寧に、4分間で描きました。
複線図の描き方もいろいろとあって、主流は鉛筆とかで書いて、後からW(白・接地線)、B(黒・非接地線)、R(赤)という風にアルファベットを書き加えていく方法だと思います。
でも僕はイメージが掴みやすいように4色ボールペンを使って、青(電源や器具やジョイントボックスなどのあらかじめ描くもの)、緑(白の接地線)、黒(黒の非接地線)、赤(赤線)という風に描き分けています。
ボールペンで描くと、間違えたときにどうするの?という話ですが、慣れると間違えずに描けるものです。
複線図を描き終えると、さっそく施工に入りました。
ちなみに隣のお兄さんは、複線図に手間取って10分くらいかかっていました。

まずはアウトレットボックス用のゴムブッシングに切込みを入れていきます。
これは練習していなかったけど、問題なし。
あとは、複線図に従って、作っていくだけ。

昨日の記事でも書きましたが、4路図の問題は複線図にちょっと癖がある以外は、とても基本的なことしかやりません。
複線図だって何が癖があるって、模範解答が何パターンもあること。
多分候補問題の中では一番パターン数が多いと思います。
だから逆にやりづらいと言うか、不安になります。

あとは本当に単純。
輪作りをしてランプレセプタクルに接続して、4路スイッチ1つと、3路スイッチ2つに接続して、電源接続の線を作って。
あとはそれらを複線図どおりに結線するだけ。
ここが難所といえば難所ですがね、
1つのアウトレットボックス内で14本の電線を結線をするわけですから、間違えないようにしなければなりません。
30分くらいで完了して、あとは余裕。
切り屑を片付けて、作品の形を整えて、配線に間違いが無いか確認していきます。
ん?
間違い発見。
残り3分のところで。
コネクタの部分だったので、あわてて引き抜き、繋ぎなおします。

今思うと、直さなくても回路的にはまったく問題ない箇所でした。
でも、その瞬間に正しいか間違っているかの判断が付けられなくて、考えているよりも複線図どおりになるように直した方がいいと判断し、1分で直しました。
あー。危なかった。
直している最中に時間切れというのが最悪のパターンです。

そうこうしている間に試験終了。
お隣のお兄さんは気の毒に、最後の結線のところで躓いてしまったようで、未完成のままでした。
複線図がちゃんと描けなかったんだろうな。

周りの人を見ても、隣のお兄さん以外は一応は完成しているように見えました。
参考書にも書いてありますが、不合格者の大半は未完成なんですね。
だから、重大欠陥や軽微な欠陥を気にするよりも、とにかく複線図を練習して、施工に慣れておく必要があると思います。
僕の場合は複線図は全て最低でも3回通りは書いて、苦手なものは何回も繰り返しました。

時間通りに作品は完成し、自分としては一応合格したっぽい。
まあでもわかんないな。
重大欠陥が見つかって、一発アウトだったりして(笑)

(あ、ちなみに。明日29日はクラブの合宿でお泊りなので、ブログの更新はお休みします)

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井戸小屋を残すべきか否か - 2013.07.30 Tue

解体作業はほとんど終わって、ほぼ唯一残っている下屋が「井戸小屋」。
さて、これを残すべきか否か。

130730-170307_R.jpg
こちらが渦中の井戸小屋さん。
うちのブログのトップ画像にも出ていますが、我が家の玄関横にあり、ある意味「家の顔」的な部分を担ってくれています。
ただし井戸は1年の半分以上は枯れていて、また小屋自体もぼろいため、実用的な価値はあまりありません。

それ以上に問題なのが、大屋根に絡んでしまっていること。

130730-170312_R.jpg
アップです。

130730-170320_R.jpg
軒側から撮影。

130730-170327_R.jpg
軒側からアップ。

130730-170347_R.jpg
反対側の軒から。

写真で伝わるでしょうか。
井戸小屋の屋根は切り妻で、凸型ですね。
それに対して、大屋根がぶつかってしまうので、軒の面が凹型にへこんでいます。
これから板金工事をする際にも、それにあわせて凹型に作らなければなりません。

井戸小屋を残すことのメリット、デメリットをまとめてみましょう。

〈残すことのメリット〉
・「家の顔」が保たれる
・井戸を守れる。井戸を使用しないまでも、やはり屋根がないと雨水も入るし、人が落ちそうな不安もある。井戸小屋をなくせば、井戸自体を埋めることも考えないといけない。
・解体する手間が無くなる。解体で出る廃材も無くなる。

〈残すことのデメリット〉
・板金工事が大変になる。
・後々何らかの事情で井戸小屋を解体した場合、凹型にへこんだ板金屋根が目立つ。

やはり一番は板金工事との絡みですね。
見積もりをしてくれた板金屋さんも「井戸小屋があるとやりづらい」とは言っていました。

まあでも、この辺りのことはよくある話。
家の新築や改修にはいろんな職方が絡んできて、それぞれの立場や意見があります。
職方同士の意見が相違していて、判断に困ることもあります。
例えば、設計士としては天窓をつけて明るい家にしたいけど、板金屋さんとしては屋根に穴を開けるのはお勧めできないとか(コーキングの寿命もあるし、雨漏りのリスクは避けられないから)。
だから、最後はやはり施主が判断し、舵取りをしなければなりません。

今回の件に関しては、一度は取り壊そうと決めました。
ただ、嫁さんはやはり残したいと。
今までもこういう夫婦での意見の相違はあって、その都度話し合ってはいますけどね。
(大抵の場合嫁さんは「残そう」と言って、僕は「捨てよう・壊そう」っていう)
井戸小屋については嫁さんの意見を尊重して、残すことにしました。
まあ、多少はぼろいけれども、直せば綺麗になるさ。

あゆみ大工さんはというと、残すほうに消極賛成な感じ。
「残したいけど、それにしてはぼろいよね」みたいな。
ぼろい上に、造作もどちらかというと雑であると。

だから、「やっぱり残したい」と伝えると、「じゃあ、そうしましょう」と。
井戸小屋にあわせて大屋根を作るのは、木下地作りも板金施工もそれなりに大変でしょうが、「何とかなるでしょう」と。

わかりました。
残しましょう。
残すからには綺麗にできるといいなあ。



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風呂下屋の解体と茅降ろし(2013年7月30日) - 2013.07.31 Wed

7月30日31日と、8月5日でインターンシップ生があゆみ大工さんのところで職場体験をすることになり、うちの現場に来てくれています。
本当ならばよろび直しをしたり、林場を建てたりという本格的な作業をやって貰いたかったところですが、あいにく再生工程自体が停滞中で・・・。
大工仕事に限らない、いろいろな作業を手伝って貰うことになりました。

まずは、小屋裏に山積みになっていた茅を降ろす作業。
多分前の住人が屋根の補修用にストックしてあったのでしょうが、結局使われること無く、放置されています。
僕も使わないしなあ。
処遇はともあれ、まずは降ろして貰いました。

130730-162631_R.jpg

130730-162637_R.jpg
と、このように先月末に解体した下屋の辺りに山積みにしておきます。
100束くらいありました。
これ、どうしようか?
可燃ごみとして処分したら、もちろん凄い量です。
お金もかかります。

一つのアイデアとしてやってみたのが、細かく切って、敷き詰めること。
切るのは「押し切り」かな?
稲藁とかを切る奴です。
でも、切れなくて。
やっぱり藁と比べて茅というのは、芯があるから堅いんですね。
2時間くらいやって、15束くらい切るのがやっとで。
とりあえずは保留です。

130730-161750_R.jpg
続いてやってもらったのが、風呂下屋の解体。

130730-161443_R.jpg
GW作業の解体班によってあらかた解体されてはいたのですが、壊していいか判断に困る部分があって、残されていました。
そこもあゆみ大工さんの判断で、解体可能ということだったので、やって貰いました。

さて、このようにしてインターンシップの1日目は終了。
いくつかの宿題というか、課題が。
井戸小屋の件は昨日書いたとおりです。

もうひとつ、茅はどうしよう。
僕とあゆみ大工さんが相談していたのは、ガーデンシュレッダーや粉砕機のようなもので、細かく砕いて、庭に敷きつめること。
草押さえになります。
押し切りではとても間に合わないので、文明の力を借りてやってしまおうと。

でもですね、この件も嫁さんに相談すると、「残しましょう」と。
「ケヤキさんのコメントにも、『茅は細かく切って家畜の下敷きに使える』って書いてあったじゃない」って。
とまあ、嫁さんはそういう風に言うわけですわ。
え?そうだっけ??
下敷きにするにしては堅すぎないか??
とか疑問に思いつつ。
まあでも、ケヤキさんがそう言うんなら、その通りだろうな・・・。

なので僕も思い直してというか、粉砕機を買うのも借りるのもお金が凄くかかるなと思っていたもので。
茅の置き場所に困るけど、燃えた蔵の2階なら大丈夫かなと思って、そこに移動して貰うようにしました。
蔵の2階なら何も置いてないし、これからも何かを置く予定もないから。
家畜を飼ってから、必要な分だけ降ろして、敷きましょうかと。

というやり取りが昨日ありまして、茅を残すということをあゆみ大工さんに伝えたわけです。

そして、そのことを今ブログに書いているんですが、「本当にケヤキさん、そんなこと言ってたっけなあ」とやっぱり疑問で。
ブログのケヤキさんのコメントを全て読み返したのですが・・・。
えーと。
ケヤキさんはそんなこと書いていません(汗)

「細かく砕いて、堆肥化促進剤を撒けば1年で土に戻る」とは仰ってますけどね。

えーと。
えーと、ですね。
嫁さんの記憶違いで、茅は残されることになりました(汗)
もう、今日蔵の2階に移動されちゃったから。
まあいいや。
将来我が家にやってくる予定のヤギさん。
うちの下敷きはちょっと堅いけど、我慢して下さいね(笑)



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プロフィール

野人

Author:野人
こんにちは。
野人っていいます。
前職はラーメン屋台を経営していました。

伊那谷にて2012年暮れに築150年の古民家を購入し、3年4ヶ月かけて最低限の面積を再生して、2016年3月末に移住しました。
全ての再生は10年計画なので、まだまだ続きます。

もちろんプロの方々にもお世話になりますが、お金があまり無いので、なるべく低予算と自力での再生を頑張っています。

ブログの記事数は膨大なので、手っ取り早く内容を知りたいという方はこちらのスライドショーをご覧ください。
ブログの内容を25分に凝縮しました。
https://www.youtube.com/watch?v=ZpFnv9gLmJM

自分が古民家再生をする上で、他の人のブログを参考にしたり、あるいはHPから知識を得たり、ネット社会には本当にお世話になっています。
なので、自分自身も再生の過程を発信することで、少しでもネット社会から与えてもらったものに対して恩返しできればと思っています。

皆様からいただけるコメントに励まされ、またブログを通じて広がってゆく人の輪がとても楽しみです。

当ブログはリンクフリーですので、ご自由にお使いください♪

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090-1707-2071
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