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2017-10

全半会についての概要 - 2013.06.13 Thu

だんだんと暖かくなって、夏が近づいてきました。
これから休み休みかと思いますが、「全半会」について書いていこうと思います。
ブログの中でも何の説明もなく当然のように「全半会」という言葉を使ってきました。
説明すると長くなってしまうので、あえて説明せずに来たわけですが(笑)

まあでも、夏も近づいてきたし、ブログも落ち着いてきたし、作業も順調でそれほど書く内容が山積みというわけではないし、コータさんのように何の情報もない「全半会」に入りたいなんていう無謀な読者も出てきたりして(笑)
そろそろ説明みたいなことをしてもいいかなと思ったわけです。

全半会というのは僕が14年前、高校1年生のときに結成し、現在も代表を務めているグループです。
正式名称を「全日本半島の先端を目指す会」といいますが、現在ではほとんどの場面で略称である「全半会」の方を使用しています。

メンバーはというと、引退した人まで含めると総勢55名くらい(?)
確かそれくらいです。
ただあくまで引退者込みの数字です。
現役のメンバーとしてはおそらく30名くらい。
毎年の合宿ではその中から常時20名ちょっとのメンバーが集まります。

メンバーの中身はといいますと、僕の保育園・小学校・中学校・高校・大学時代の友人。
ラーメン屋時代のお客さん、現在の職場の同僚、友達の友達、旅先で知り合った人などなど。
年齢としては小学校6年生~40代半ばまでとなります。
参加者は長野県、東京都、静岡県、愛知県、三重県、富山県、大阪府と、まずまず広い範囲から集まってくれます。
最初はたった3人で始まりましたが、現在に至るまでメンバーは増え続けています。

合宿は年に2回。
4月頃に河原でやる春合宿と、8月に離島でやる夏合宿です。
昔は冬合宿とかもやっていましたが、メンバーもほとんど社会人なので、現在は春夏のみとなっています。
今年の場合は春合宿の代わりとして、ゴールデンウィークに「古民家再生大会」と銘打ってメンバーを集めたわけです。

最初の頃は「合宿」という名の、アウトドアだかサバイバルだか良く分からないことばかりでやっていました。
最近も根本は変わりませんが、それ以外にもメンバーの結婚式にみんなで集まったり、出産のお祝いに行ったり、家をみんなで直したり(笑)
単なる友達というか、「共に歳をとる仲間」という感じになっています。

さてさて。そんな全半会。
僕にとっての宝物です。

僕の人生は幸いにも、他人様から感心していただけることが多いです。
ただ、僕に言わせると、僕のやっていることなんて大したことじゃないんですよ。

高校から大学まで、日本や世界を旅したことも。
大学卒業直後にラーメン屋を開業したことも。
ラーメン屋をしながら勉強して、教員になったことも。
古民家再生していることも。

ラジオ、新聞、雑誌、テレビでたくさん紹介してもらってきましたが、大したことをやっているわけではありません。
言ってみれば、たいていの人なら出来ます。
みんなやろうとしないだけです。
やる気がないor冒険したくないor言い分けして逃げてしまう・・・などの理由で。
別に謙遜でもなんでもなく。

そんな風に思っている僕が、もう一つこう断言します。
全半会のようなグループを作るのは、すごく難しいです。
半分くらい奇跡です。
自分自身の行動力とリーダーシップが試されます。
タイミングと、人脈が勝負です。
なにより、こんなことに付き合ってくれる友人を見つけるなんてのが、不可能に近いです。
具体的に言うと、中学校・高校時代の友人として、朝から晩まで自転車で駆け回り、徹夜で焚き火をし、野宿をしてくれる仲間をたくさん見つけることです。

僕にはたまたま仲間がいました。
そして、たまたま多少の行動力と、強引なリーダーシップはありました。
あとは奇跡に近いタイミングと、人との出会いの運の良さがありました。
だから、全半会を作れました。

さあ、初回から読む人を置いていっている、不安な始まり方ですが、休み休み全半会について書いていこうかと思います。
まずは歴史から・・・。



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全半会結成以前の活動 - 2013.06.14 Fri

今週末は久々に古民家での活動をしますので、やっと進行状況について報告できそうです。
なので、今日はまた全半会についての話を書きます。
まずは全半会を結成するまでの活動について。

僕は1983年5月11日に愛知県の蒲郡市で生まれました。
生まれた町は、今は多少開発されてしまいましたが、当時はまだ素朴な漁村というか、港町という感じでした。
海と潮干狩りとみかんと綿織物とロープと温泉が有名な町です。
温泉があったので、観光産業はそれなりに盛んでした。

両親は僕が小学校4年生の頃に離婚しました。
なので家族は母親と2つ上の兄と僕の3人で、母親は自動車免許を持っていないので、車はずっとありませんでした。

もうひとつ特筆すべきことといえば、小学校2年生から5年生にかけて断続的に不登校になったことです。
当時はまだ「不登校」という言葉は一般的でなく、「登校拒否」と呼ばれていました。
少年時代の僕は気弱で、お調子者で、落ち着きがなく、忘れ物が多い、どこにでもいる感じの少年でした。

おっと。その頃の写真が残っているので、出してみましょうか。

image004.jpg
うーん、かわいらしい♪
これが現在のようなゴツイおっさんになってしまうなんて、運命というのは何と皮肉なものでしょう。

まあ、写真はかわいらしいですが、前述のような問題を抱えていまして・・・。
おそらくADHD(注意欠陥多動性障害)ではなかったかと、今となっては思うわけです。
(そして今の自分の注意力の無さと、行動力を考えると、この発達障害を抱えたまま大人になってしまったのではないかと・・・)

ともあれ、僕にとっては楽しいことよりも、辛いことのほうが多い少年時代でした。

それが、中学生になると一つの転機が訪れました。
中一の秋頃だったと記憶していますが、友人達と何人かで自転車旅行をするようになったんです。
最初は実家から20キロくらい離れた豊橋市というところまで。
実家には無かった大型の古本屋(BOOK-OFFとか)がたくさんあったので、それを自転車で巡る旅でした。
午前中に出て、豊橋で数件の古本屋を巡り、夕方には帰ってくるということを、2ヶ月に1度くらいのペースでやっていました。
参加者は少ないときで3名くらい、多いときで10名くらいいました。
片道1時間くらいの道程ですから、今思うとたいした旅でもなかったわけですが、それでも当時は電車にして4駅分、自転車で行ける事が大変誇らしかったわけです。
そんな小旅行を卒業まで何度も繰り返しました。

中学校2年生の春になると、今度は60キロくらい離れた名古屋市まで行くようになりました。
朝の5時くらいにみんなで集まって、これまた古本屋を巡りながら片道4時間くらいかけて行き、名古屋城やテレビ塔を見て、夜の10時頃に帰宅するという行程でした。
この名古屋行きは3~4ヶ月に1度くらいのペースで行っていました。

更に中学校3年生の春には歩いて名古屋まで行きました。
これは10人くらいの仲間で、早朝から夕方まで歩きとおして、電車で帰ってきました。
あと、中学校3年生の年末には地元の闇狩渓谷というところまで、ゴミ拾いをしながら歩いて行って、ヒッチハイクで帰ってきたこともありました。

高校に上がると、仲間達もバラバラの高校に進学してしまって、ちょっと寂しくもありました。
一方、旅はというと、日帰りで行ける範囲は一通り行ってしまって、これも物足りない気持ちもありました。

そんな中、夏が近づくと僕は中学校卓球部の相棒だったユースケという友達と毎晩のように海に散歩に行きました。
ユースケは言いました。
「広島まで自転車で行かないか」

何で広島なのか、現在となっては僕も彼も覚えていません。
ただ、諸々の都合で広島行きは縮小となり、より近場の琵琶湖まで行くことになりました。
往復300キロ、2泊3日の小旅行です。
早朝に出発して、当時は何の自炊道具も無かったので、安い吉野家の牛丼ばかりを食べながら旅しました。
装備はといえば、地図と蚊取り線香と3畳のブルーシートだけでした。
途中でどうにも必要になって方位磁石を買ったけれども。

一泊目は岐阜県の垂井市の大きな運動公園で、二泊目は愛知県豊明市の桶狭間古戦場公園で野宿しました。
初めての野宿はワクワクドキドキして、人目につかないか心配しながら眠ったものでした。
今でも初めての野宿の感覚は、生々しく覚えています。

琵琶湖1
琵琶湖に笑顔で佇むユースケ。
(まだ本人に連絡が取れないのでモザイク入りの写真にしました)

野宿を始めると、行動範囲が一気に広がった気がしました。
野宿しながらだと、お金が無くてもどこまででも行ける気がしました。
疲れたら休んで、夜は眠って。

僕達はお金はなかったけれども、時間もエネルギーもあって、そしてもっと遠くへ、広い世界へと旅することを求めていました。
僕達が全半会を結成したのはこのすぐ後のことです。



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全半会を結成する(1999年夏) - 2013.07.08 Mon

今日は久々に全半会の記事です。
なんだかんだで1ヶ月くらい開いてしまいましたね。
今日みたいに夏の匂いがする日は、全半会について書きたくなります。
全半会についての過去の記事は、左側のカテゴリから辿ってください。

さて、高校に入って、初めての夏休み。
琵琶湖までの自転車旅行にて、人生初の野宿を経験しました。
もうそれからは怖いもの無しといった感じで。
だって野宿しながらだったら、どこまでだって行けちゃうんです。
時間はあるけどお金は無い高校1年生にとっては、まさにもってこいの発見でした。

琵琶湖旅行から帰ってまもなく、今度は歩きの旅が計画されました。
というのも、この頃から僕はちょっとした病気を持っていまして、自転車に長時間乗れないんです。
だから自転車ではなく、徒歩で。
まあ、自転車と違って徒歩だと、帰りはバスや電車だから楽だろうという計算も働いていました。

メンバーは僕と、デビル伊藤と、ケンタという3人です。
デビル伊藤は僕の保育園からの親友で、20歳からは鰹漁船に乗って遠洋漁業をしています。
ケンタは中学校からの友人で、現在はインディーズのミュージシャンをしています。
そんな3人での旅行が始まりました。
1999年の8月上旬のことです。
行き先は実家より80キロほど離れた渥美半島の先端、伊良湖岬の「恋路が浜」というところ。
なぜ伊良湖岬なのか、そしてなぜこの3名なのか。
今となっては誰も覚えていません。
特にケンタに関しては、現在に至るまでまったくと言っていいほどのインドア派のはずなのに、このときをきっかけに数年間は全半会に引きずり込まれる運命となりました。

いつもの旅と同じように、朝の6時くらいに近所の神社に集まって、旅立ち前のお参り。
そして、リュックにテントを詰め込み、銀マットをくくりつけて出発しました。
このときもまだ自炊をしていなかったので、食事は全て外食かコンビニ。
初日の昼ごはんは確か南ジャスコのマクドナルドで食べ、そしてそのまま南に向かって、海岸に出ました。
サーファーやBBQ客が多い賑やかな海岸でしたが、そこでまずまず心地の良い草地を見つけて、我々はテントを張りました。
夜になればサーファーもBBQも退散して、静かになるだろうと思って。
しかしBBQをやっていた大学生と思われる若者は夜中まで酒盛りをし、挙句にこちらのテントに向かって花火を撃ってきて、あわや乱闘になるところでした。

2泊目は赤羽町というところにある、小さな公園で野宿しました。
非常にのんびりした旅で、夕方の5時くらいにテントを張って、水浴びをし、夕食を済ませるとやることがありません。
仲間達は漫画を読んだり、そしてテントの中でトランプをしたりしました。
この日の夜、なかなか寝付けなかった僕は一人で散歩に出かけ、電照菊畑の中を歩きました。
電照菊というのは渥美半島辺りで行われている、菊の畑を一晩中裸電球で照らすという栽培法です。
ちょっとフリー素材から写真をいただいて、見てみましょうか。
写真はフォトライブラリーさんからいただきました。
写真素材-フォトライブラリー

9217864.jpg

8846706.jpg
電照菊畑は近くで見るとこんな感じです(実際はすごく明るい)。
こんなところを一人で散歩して、秘密のスポットを発見したような、とても贅沢な気分に成れました。

さて、そういえばこの日の夜、僕達は全半会を結成しました。
「これからも野宿しながら、いろんな場所に行こう」
「今回、渥美半島の先端に行くように、これからも日本中の半島の先端まで行ってみよう」
「グループ名は『全日本半島の先端を目指す会』、略して『全半会』だな」
という風に。
まさかこのときの思いつきで結成した会が、その後も14年以上も続くものになるとはつゆ知らず。
ともあれ、全半会の始まりでした。

翌朝、公園のすぐ横にあった園芸屋さんのお兄さんが、僕達にスイカを差し入れしてくれました。
そのときのお礼の手紙に「美味しいスイカをありがとうございました。by全半会」という風に書いたのを覚えています。
みんなの記憶が曖昧な部分はありますが、この夜に全半会という名前が決まったのはどうやら間違いないようです。

さて、旅の3日目も歩き続け、その夜は「渥美の森」という山を一つまるまる使った運動公園で野宿しました。
その山頂付近にある広場で野宿したのですが、夕食後にすることが無いので、山頂まで散歩に出かけました。
IMG_0003.jpg
山頂でデビル伊藤と撮ったツーショット。

6760563.jpg
こちらもいただいたフリー素材ですが、山頂からはこのように半島の電照菊畑が一望できました。
このような景色が、360度に渡って広がっていたのです。
これもまた心に残る素敵な景色でした。
今でも生々しく思い出せる、16歳の一夜です。
僕はあまりにもここが気に入ってしまって、現在に至るまで15回くらいはここに登っています。

最終日は僅か8キロくらい歩いて、目的地である伊良湖岬に到着しました。
といっても、着いても特にすることも無く。
恋路が浜も単なる砂浜で、カップルは楽しそうでしたが、こちらは汗だくの野郎3人組。
やさぐれるしかありません。
ただこのとき、半島の先端から「神島」という島が見えました。
後に全半会の活動の場となる島です。
人生の点と点はいつも面白い形で繋がっていきます。
やることの無い僕たちは、食堂でラーメンと焼きアサリを食べ、バスに乗って帰りました。

さて、このようにして、僕達の初めてのバックパッキング(徒歩旅行)、そして全半会結成の旅は終わりました。
16歳の夏休みはちょうど折り返し地点。
急に世界が広がって、まだまだやりたいことはたくさんありました。
今も人生は楽しいし、夏が近づくとわくわくするけど、やっぱりこのときのような夏は二度とやってきません。
でも、それでいいんです。
これが歳をとり、青春が終わっていくということなのだなと。
僕は少しの諦めと、少しの期待を抱きながら、夏の匂いの導くままにノスタルジーに身を委ねます。
寂しいけれども、悪くない心持ちがします。



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無駄に強化合宿を繰り返す(1999年夏) - 2013.07.09 Tue

さて、人生初のバックパッキングを終えた全半会、そして僕でしたが、それからは旅のことで頭の中が一杯になりました。
たまたまその頃読んだのが、椎名誠の「わしらは怪しい探検隊」。
今でも大好きな本です。
これは椎名誠率いる天幕集団が離島へと出かけていくという内容の本で、その中では適当な炊事班長の作る適当な料理がおいしそうに描かれていました。
そして、たまたまですがこの本のメイン舞台となっているのが、あの伊良湖岬から見えた「神島」だったのです。

まず思ったのが、自炊っていいよな、ってこと。
なんか、男の憧れって感じがしますよね。
旅先の商店でちょいちょいと食材を買って、野宿しながら調理し、男達で囲んで食べる。
これだ!!
なんて(笑)
まあ現実問題として、渥美半島の旅もそうでしたが、旅が僻地に行くにしたがってコンビニや食堂も減り、夕食が菓子パンとサバ缶だけになったりとか、昼食が午後3時になったりとか、それなりに難しい点がありましたから。
調理道具とある程度の食料をリュックに背負えば、旅の自由度はますます上がることになります。

そのためにまず購入したのがアウトドア用のコンロ。
ガス・ストーブの軽量さはもちろん魅力でしたが、如何せんガスカートリッジが高額で、高校生には難しい。
というわけで、いろいろな登山用品店をはしごした挙句、買ったのがコールマンのホワイトガソリン・ストーブ。
41347WD914L.jpg
スポーツスターⅡというモデルです。
アマゾンで見ると6250円。
マイナーチェンジもせずに、まだ現役モデルなんですね。
ちょっとびっくりしました。
燃費としてはホワイトガソリン1リットルで800円弱。
使い方にも寄りますが、1リットルで5日くらいは持ちます。

渥美半島の旅から帰ってきてからは、お盆があって、高校の補習があって、その合間にデビル伊藤と一緒にスポーツ用品店をはしごして。
このスポーツスターⅡを買ったころには、夏休みも終わる直前となっていました。
でもどうしても夏休みが終わる前にガソリン・ストーブを使ってみたくてやったのが、この強化合宿。

IMGG.jpg
やるせない表紙ですが(笑)
全半会の合宿というのは、最初の渥美半島の旅以外は全て「しおり」があります。
しかも最近のはメンバーが増えたせいもあって、40ページ以上の大作が当たり前となり、しかもそんなしおり合計で40冊くらい溜まっています。

あ、そういえばグループ名が「ドーテーズ」ってなってる(笑)
これもですね、最初の何年間は「全半会」と「ドーテーズ」という名前を併用していたんですよ。
外向きには「全半会」、仲間同士では「ドーテーズ」という風に使い分けて。
青春特有の愚かさですが、お恥ずかしいです(汗)

強化合宿の日程を見ると8月28日~29日となっており、本当に夏休みの終盤にやったことが分かります。
こういうときにしおりが残っていると便利ですね。
8月28日は僕は高校の模擬試験があり、夕方まで学校にいました。
それからの合宿となりました。
メンバーは渥美半島の旅の3人に加えて、トシキという中学校の同級生も参加しました。
4人で山上のダム湖に歩いていって、自炊をし、野宿をして帰ってくるというシンプルな合宿でした。

そのようにして僕達の夏休みは終わったのですが、夏休みが終わってからも僕の旅に対する想いは強まるばかり。
授業は上の空。
授業中は地図帳を開いて、まだ見知らぬ地方の見知らぬ地名に思いを馳せては、ため息ばかりついていました。
ああ、もう。
旅に出たい!!
どこでもいいから。
見知らぬ町の見知らぬ公園で野宿したい。
今すぐ行きたい。
とですね、とても冬休みを待とうなんていう悠長なことを考える雰囲気じゃなかったんですよ。

僕は計画しました。
旅に出よう。
土日の1泊2日でもいい。
一人でもいい。
どこかに行こう。
そう企画をしていたのですが、そのことを仲間に話すと「一人で行くなんて水臭えな」とばかりにメンバーが集まって、結局は4人で行くことになりました。
日程をしおりで確認すると9月11日~12日です。
(表紙がやばいので、しおりは載せませんww)

いつもどおり早朝にみんなで神社に集まってお参り。
それからとりあえず名古屋方面を目指して歩いていきました。
まずは名古屋まで行って野宿し、翌日は気の向く方向に歩こうと。
しかし、ちっとも進めなかったんです。
中学生のときに名古屋は日帰りで歩いていったので余裕だと思っていたのですが、野宿道具を背負っているだけでこうも違うのかと。
結局は1泊目で安城市で野宿、2日目にようやく名古屋について帰るので精一杯でした。
また、この頃は自炊も下手で、やたらに時間ばかりかかっていたのも、旅が進まない原因でした。

道具は揃ってきた。
でもまだそれだけじゃ足りない。
合宿を繰り返すたびに、自分達の課題が発見されるようでした。
そして、旅への想いはまだまだ募る一方でした。



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冬合宿に挑む(1999年秋~冬) - 2013.07.10 Wed

今日も全半会の話です。
古民家再生とは無関係な話が続きますが、作業が停滞している間にさっさと書いちゃうことにします。
今年の夏合宿も近いし。

9月の「さすらいの旅」が終わってからも、バックパッキングに対する想いは募るばかり。
そんな中、出合った一冊の本がありました。
それがこちら。
07846355.jpg
『シェルパ斉藤のバックパッキング術』という本です。
この画像はやたらと解像度が粗いですが(汗)

この本にはバックパッキングの装備から技術から、楽しみ方まで網羅されていました。
通しで5回以上は読んだ、まさしく当時の僕のバイブルです。

その本の中で僕が興味を引かれたのは、フレームザック。
えーと、呼び方はいろいろでフルフレームパックとかエクスターナルフレームパックとか、統一した呼称が無いのが難点ですが。
現在の登山用ザックが人間の背骨に合わせたフレームを2本内蔵しているのに対し、こちらは旧式。
フレームが外に出ていて、いわば背負子にザックが着いた様な形になります。
なぜ僕がこれを気に入ったかというと、もちろんカッコよかったのもありますが、ザックに入りきらない荷物はどんどん背負子部分に付けられる拡張性がよかったです。

ただ、このようなエクスターナルフレームパックはバックパッキングの本場、アメリカの製品。
日本では売っているのを見たことが無いですし、輸入されているのかも疑問。
今のようにインターネットがあれば、ちょいちょいと調べることができますが、それもできない時代。
20キロも離れた登山用品店まで自転車で行って、聞いてくるしかありませんでした。

登山用品店で判明したのは、輸入ルートがあること。
そして、登山ザック界の雄であるグレゴリー社が発売しているということでした。
グレゴリーといえば本当にザックの高級ブランド。
しかも元はといえばエクスターナルフレームパックに限界を感じて、世界初のインナーフレームパック(現在の主流)を開発し、躍進したメーカー。
もう15年も前になりますが、なぜグレゴリー社がエクスターナルフレームパックの新モデルを出したのかは不明です。

ともあれ、それまで貯めてきたお年玉4万円超をはたいて、念願のエクスターナルフレームパックを手に入れたのです。
しかもグレゴリー!!
もちろん、今でも愛用しています。

070815-102341_R.jpg
写真は2007年の夏合宿にて。
このようにクーラーボックスや銀マットや大量のゴミなど、ザックに入らない荷物をくくりつけることができるので、実質2人分くらいの荷物を持てるのが強み。

ただ、このグレゴリーのエクスターナルフレームパック、とっくに廃盤になっているみたいで、ネットで検索してもかつて売られていた形跡すら見つかりません。
売れなくて、闇に葬られたのかな??
名作だと思うんだけどなー。
かつてのフレームザックの弱点を克服して、軽量アルミと樹脂のフレームを使っていて。
まさにフレームザックの再興を予感させるようなザックでした。
もはや幻ですけど。
誰か見たことある人はいますか?
持っている人はいますか?
持っている人がいたら、ぜひともお友達になってください。
ともかく、買ってから14年間も現役を続けている名品です。

さてさて、このフレームザックを買ってから、それは嬉しくて嬉しくて。
ますます遠くへ行ける気がしました。
しかし時期は確か10月の終わり頃。
冬休みはまだまだ先。
そこで買った翌日に、これを背負ってデビル伊藤と一緒に日帰りのバックパッキングをして、遠い山の麓で焚き火にてスキヤキを作り、食して帰ってきました。

それからも、デビル伊藤とは日帰り登山に行き、家の庭で野宿し、近くの公園で野宿し、毎週のように強化訓練を行っていました。
全ては年末に行う冬合宿を成功させるために。

IMGG_R.jpg
そして行ったのが、こちらの冬合宿です。
行き先は静岡県の御前崎の先端。
全半会の趣旨どおり、やはり先端を目指します。
しおりを見ると1999年12月24日~29日となっています。
見ましたか?
クリスマス・イヴに出発です。
もうね、涙無しには語れない、負のオーラが漂っていますね(笑)

このときは僕とデビル伊藤と、もう一人中学の同級生であるユウタという男の3人でした。
強化訓練も繰り返したし、装備もそれなりにあるし、これはもう楽しいバックパッキングになることは間違い無しという感じでしたが、これが大間違いで。

どこを間違えたかといいますと・・・。
①荷物が重いと行軍が遅くなる点
 フル装備ですと本当に、空身と比べて7~8割の距離しか進めません。
②冬は日暮れが早い点
 当然といえば当然ですが、夕方4時半くらいには結構暗くなり、暗い中で野宿場所を探して歩くのは気持ちが滅入ってきます。
③寒い点
 これも当然ですってば。でもですね、本当に寒かったです。そして寒いと人間って、気分がマイナスの方向に向かうんですよね。

どれも基本的で当然のことですが、やっぱりやってみて、実感しないと分からないこともあるんです。

いつもどおり旅立った我々。
1日目の宿泊予定地は、渥美半島の旅で野宿したあの砂浜でした。
BBQの連中に絡まれたあの場所です。
BBQの一件を除けば、気持ちのいい砂浜でしたから。

しかし、荷物が重くて、日暮れになっても砂浜まで1時間以上の距離がある状況。
その中をヘッドランプの明かりを頼りに、人気の無い道をひたすら歩いて、何とか到着しました。
でもですね、冬の砂浜は荒涼としていて寒いです。
海風が冷たいです(涙)
そしてこの日の夕食はテンションを高めるために奮発して、牛カルビ焼肉。
スーパーとかに売っている、ビニール袋に入っている奴ですね。

で、飯盒でご飯を炊いて、デビル伊藤が肉を焼いていたんですよ。
僕はテントの中でごそごそやっていたんですけど。
そしたらデビルが「うごー!溶ける溶ける!!」とか叫んでいまして・・・。
どうもそのカルビのビニール袋が二重になっていたらしいんです。
そして、デビルは中袋の存在を知らずに、熱した鍋に入れてしまったと。
まあ、暗くて見づらかったから仕方ないんですけどね。
結果は皆さんも分かるとおりです。
肉に溶けたビニールがベットリ着いておりまして。
夕食のメインディッシュはお釈迦になりました。

仕方なく炊けたご飯のみを茶碗に盛って、テントに入るメンバー。
一応非常食として缶詰やふりかけは持っていたので、それでご飯を食べて夕食にしました。
そしてみんな口数が少ないままに、疲れと、寂しさと、寒さの中で眠りに入って行ったのです。
寝る前にデビルが独りごちました。
「今の俺はホームシックを越えている。俺は家を必要としている」
なんて素敵なクリスマス・イヴでしょう♪

翌朝は遅めに起きて、朝食を食べ、今後の旅について相談しました。
テンションは下がっている、そして鍋が無い(ビニールがベットリだから)。
このまま当初の予定通り、御前崎まで歩き通すのは難しいだろう。
というわけで、今後の予定についてみんなでプランを出し合い、トランプをして、一番勝った奴のプランを採用することにしました。
このときに限らず、当時の僕達は重要なことは大体はトランプで決めていました。
結果、誰のプランかは忘れましたが、御前崎の手前にある天竜川の河口まで行こうということになりました。
5泊6日の予定は3泊4日に縮小です。
それでも寒さに負けず、テンションを上げ、歩き通しました。

IMG_00011.jpg
そのとき、旅の終着点で撮影した写真です。
写っているヒゲ面の男は、16歳の僕です。
そういえば今再生している古民家は、上流とは言え、同じ天竜川の近くにあります。
そう考えると人生ってやっぱり面白いですね。

もちろん2日目からもいろんなことがあった旅でした。
寒くて辛かったけれども、同時に楽しい旅でもありました。
特に書くべきことといえば・・・、
3日目の朝、目覚めてテントを開けると、目の前で少年サッカーをやっていたりとか、
4日目の朝、目覚めてテントを開けると、ゲートボール大会の真ん中であったりとか。
それこそいろんな場所で野宿をしたものです。

さて、いくら準備をしても計画通りいかない、このバックパッキング。
今回の合宿で懲りるかと思いきや、僕達はますますのめりこみ、どうすれば快適に、そして楽しい旅ができるのかを探求していくのでした。



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プロフィール

野人

Author:野人
こんにちは。
野人っていいます。
前職はラーメン屋台を経営していました。

伊那谷にて2012年暮れに築150年の古民家を購入し、3年4ヶ月かけて最低限の面積を再生して、2016年3月末に移住しました。
全ての再生は10年計画なので、まだまだ続きます。

もちろんプロの方々にもお世話になりますが、お金があまり無いので、なるべく低予算と自力での再生を頑張っています。

ブログの記事数は膨大なので、手っ取り早く内容を知りたいという方はこちらのスライドショーをご覧ください。
ブログの内容を25分に凝縮しました。
https://www.youtube.com/watch?v=ZpFnv9gLmJM

自分が古民家再生をする上で、他の人のブログを参考にしたり、あるいはHPから知識を得たり、ネット社会には本当にお世話になっています。
なので、自分自身も再生の過程を発信することで、少しでもネット社会から与えてもらったものに対して恩返しできればと思っています。

皆様からいただけるコメントに励まされ、またブログを通じて広がってゆく人の輪がとても楽しみです。

当ブログはリンクフリーですので、ご自由にお使いください♪

ご用件のある方は
zenhankai@yahoo.co.jp
あるいは
090-1707-2071
までどうぞ。

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