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2017-10

トンネルを抜けると雪国 - 2013.03.11 Mon

今日から新しいシリーズである「住宅考・生活考」を始めていきます。
ずっと書きたくて、再生計画が一段落している合間に書いていこうと、温めていたこと。
この間の週末はあまり作業ができなかったので、今週から断続的に始められそうです。

「住宅考・生活考」のタイトルどおり、住宅を通じての生活のあり方について書いていこうと思います。
おそらくは僕の人生観を交えながら。
独善的な自論もありますので、時には読む人を不快にさせるかもしれないけれど・・・。

依然としてこのブログのメインは「古民家再生」ですが、ときどき、箸休め的に書いていきます。

さて、初回のテーマは「トンネルを抜けると雪国」です。

国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国であった。


いわずと知れた名作、川端康成の『雪国』の書き出しですね。
物語のふくらみを予感させるような、見事な書き出しです。
僕はこの一文に、古き良き日本の価値観が入っていると考えています。


トンネルを抜けると雪国。
この文には主語がありません。
トンネルを抜けたのは誰でしょうか?
乗っていた乗客でしょうか?
汽車でしょうか?
それとも汽車の車輪でしょうか?
分かりません。

我々日本人が元来使っていた日本語は、主語をあまり必要としないんです。
これは「主語+述語+目的語」なんていう構文を必要とする、大部分の外国語からするととても奇異なことです。
『雪国』をサイデンステッカーという人が英訳した文章では、
The train came out of the long tunnel into the snow country.
となっています。
直訳すれば、
その汽車は雪国へ通じる長いトンネルから出てきた。
となり、原文にはなかった汽車という主語をわざわざ作っていることがわかります。

一方、先ほど述べたように日本語には主語がない。
現在の我々が使っている日本語もそういった部分はありますが、古文では特にそうです。

例えば高校生が勉強する古典では、敬語表現が大事になってきます。
文章の敬語の向きに着目すれば、おのずと隠されている(省略されている)主語が分かるからです。
だから敬語表現を理解できて、主語を発見できれば、古典の勉強の半分は終了です。
残り半分は助動詞と古文単語ですか・・・。
まあ、社会科が専門の僕がでしゃばってもいけないですが、大枠は間違っていないはずです。

じゃあなぜ、日本語には主語がないのか?
これは非常に難しい問題です。

これについては専門家諸氏の見解があると思いますが、僕は「永らく日本が地縁・血縁を母体とした農村の集団社会だった」ことが大きな要因ではないかと思っています。
つまり何をするのも共同。
その中では個人や「我」といったものに重きが置かれなかった。
「自分」と「他者」、「我」と「汝」(ブーバー哲学じゃないけれど・・・)を明確に区別する必要はなかった。

これこそが日本人の本来の姿であり、それが崩れてしまったことが、現代社会の各種問題の根本的原因となっていると思います。

我と汝、内と外を明確に区別せず、あえて曖昧さを残し、調和を重んじる。

例えば土間。
屋内でありながら、屋外でもある。
来客者は土間まで入ってから「ごめんください」と声をかける。
玄関であり、物置であり、作業場であり、接客場であり、社交場である。

例えば縁側。
これも屋内でありながら、屋外でもある。
特に濡れ縁は。
家から庭への出入り口であり、通路であり、社交場であり、沢山の来客があるときには襖を立てかけて置ける。

例えば襖。
閉じているんだか、閉じていないんだか、曖昧な仕切り。
閉じれるけれど鍵はないし、音も気配も漏れてくる。

こういった外や他者との境界が曖昧な仕切りで囲まれているのが、本来の日本の住居であり、本来の日本人の生活です。
それが現代ではすっかり失われています。

土間は狭い玄関に。
縁側はサッシの窓や壁に。
襖はドアに。
畳(またいつか書くけど、これこそ汎用性抜群)でさえも、新築の家には申し訳程度に畳スペースがあるだけ。
そしてどこも鍵がかかって、内と外を明確に区別しています。
あまつさえ警備システムすら備えて・・・。

僕は懐古主義者ではありません。
便利な現代生活を享受する一人ですから。
でも、現代生活にどっぷり浸かる気もありません。
本当の幸せを考えた場合、現代生活には間違っている部分も沢山あるから。

とにかく住居という部分においては、古き良き日本人の生活を再評価し、古民家再生を選んだわけです。
正直、新築物件とか沢山見ても、どれも住む気はしませんでした。
注文住宅で僕の要望に適う家を建てれば、それこそ道楽みたいな値段になります。
(というか、建築基準法の問題で、本当の伝統工法の住宅は建てられないか・・・)
だから、本当の意味で伝統の重みがあり、工夫する余地のある古民家再生なのです。

社会全体は変えられませんが、自分の生活は選べます。
僕に出来ることは、自分が正しいと思う生活を選んで、こうやってささやかに発信していくことだけです。


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畳礼賛 - 2013.03.12 Tue

「住宅考・生活考」の第2弾です。
タイトルはエラスムスの『愚神礼賛(ぐしんらいさん)』から取りました。

生まれてから7軒の家を渡り歩いてきたけれども、一度もフローリングの家に住んだことが無い。
というか、一つも畳以外の部屋は無かった。
そんな29歳。

うーん。
珍しいといえば、珍しいのかな?

嫁さんも似たようなもので、うーんと、5軒くらい住んで、どれも畳だったはず・・・。

そんな夫婦です。
そう、だから、フローリングのメリットが見えない。

えーっと、硬いでしょ。
で、冷たい。
スリッパが必要。
寝転がるためにはじゅうたんが必要(?)
布団はえーっと、ベッド?
ソファーも要るの?
掃除はしやすいの??

ごめんなさい。
デメリットをあげるというか、半分質問になっちゃいましたね。

というように、フローリングのことはほとんど分かりません。
なのに、物件情報を見ても、ほとんどの家はフローリングという不思議。

僕の考える、フローリングのイメージ。

LDKなら、
ダイニングテーブルを置いて、
ソファーと、テーブルを置いて、
絨毯を敷いてって感じですかね?

寝室や子ども部屋なら
ベッドを置いて、
デスクを置いて、
余裕があったら絨毯を敷いて(あるいはクッションを置いて)、
小さなテーブルを置いてって感じですかね??

あーっと、イメージでした。

なんだかですね、フローリングのスペースの使い方ってよく分からんのですよ。
例えば寝室で6畳の広さでってなると、ベッドとデスクとテーブルを置いたら、狭くないんですかね。

一方、畳の部屋はというと、
そもそも、厳密な意味で寝室や居間を分けても意味が無い。
畳の部屋ならどこでも、布団を敷けば寝室になり、座卓を置けば居間になる。
我が家もそうです。
居間が夜になれば寝室ですから。

僕は汎用という言葉が好きですが、畳や和室はまさしく汎用ですね。
学習机は勉強のために、ダイニングテーブルは食事のために、ソファーはくつろぐためにと、用途が限定されているのがもったいなく感じるんです。
(別に学習机でご飯を食べたり、ダイニングテーブルでくつろいだりしても良いんでしょうが・・・)

ああ、そういえば、最近はLDKに子ども用の学習スペースを作ってるところもよく見かけますね。

生活に必要なことは、茶の間に座卓があれば足りてしまう気がするんですが。
食事も、勉強も、家事も、接客も。
そして夜は座卓をどけて、布団を敷く。
以上。

日本人が畳を捨てたことによって、それを補ういろんなものが必要になってきている気がするんですが。
それにプラスして、新築の家とかでは、本当に申し訳程度に1部屋だけ和室があったり、LDKに小上がりの畳スペースがある不思議。
畳が欲しいのか、要らないのか、ちょっとだけ欲しいのだろうな・・・。
おそらくこれからも一生、畳とともに生きていく僕から見たら不思議です

うちの物件は7部屋くらいありますが、多分ほとんどが畳の間になると思います。
1部屋(普段は使わないスペースの作業部屋?)くらいは無垢の杉板を貼るかもしれませんが。

これからは畳を知らない子どもも増えてくるのかな。
日本人として、少し寂しく思います。

最後に畳のデメリット。
①費用がかかる
新品の畳が1畳で12,000円くらい。
裏返しが1畳4000円くらい。
表替えが1畳6000円くらい。
一度貼ったら15~20年くらいはノーメンテ(ワックスがけは必要)のフローリングに比べると、そりゃ費用はかかりますわな。
でもこれも工夫次第で、新品の畳でもゴザを敷いて、ゴザは表裏を使って4~5年くらいは持つとすれば、それほどの費用ではありません。

②ダニの温床となり、アレルゲンとなる
これは絨毯や布団だってそうだけど。
言ってしまえばダニなんてどこにでもいるもの。
人間が普通に暮らすだけで、1年間に1万匹以上のダニが口に入るといいます。
アレルギーを発症するのは、生活習慣そのものに原因があるかと思っていますが・・・。

③安物は質が悪い
安物の畳は中国製で、イグサを青く染めてあります。
そんなところを赤ちゃんがハイハイとかして、ペロペロしたら良くないですよね。
健康を考えるとそれなりの畳を選ばなければなりません。

④体にやさしくない部分もある
例えば冬場に畳の上に座っていると、お尻が冷えてきます。
座布団を敷けばいいんだけど。
でも直接の冷えとは別に、やはり床近くに体を置くというのは、床下からの冷気のようなものを感じます。
床下断熱すれば、だいぶ緩和するのかな?
冷えという観点から言えば、ソファーに座って、ベッドに寝る方が体には優しいと思います。
また、足腰の弱い人がいる場合も、座ったり立ったりが大変ですね。
椅子とベッドの方が楽ではあると思います。
ある程度は体に厳しい環境の方が、人間ってのは丈夫になれると思うんですが、これはまだまだ自分が若いからそう思うだけかなあ・・・。


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土間礼賛 - 2013.03.13 Wed

昨日の記事では居住スペースとしての畳の汎用性を述べていきましたが、今日は土間です。

土間ってのは難しいですよね。
居住スペースではないし。
かといって屋外でもないし。
玄関にしては無駄に広いし。

以前にちらっと書きましたが、土間が持っている機能を羅列していくと、
1 家の出入り口としての玄関
2 雨の日でもいろんな作業が出来る作業場
3 ちょっとした来客に対応できる接客場
4 井戸端会議できる社交場
5 屋外用の道具をそのまま置ける物置
という感じになると思います。
他には、現在ではあまり見られないけれども、昔の台所はほとんどが土間でしたよね。

特に⑤の物置としての機能は、最近ではシューズ・イン・クローゼットなんてものが設計されたりして。
つまりこれは、歩いて入れるウォーク・イン・クローゼットなんてものがありますが、それの亜種(?)として靴のまま入れる物置なんですね。
で、そのシューズ・イン・クローゼットは普通の物置(屋外にある)とは違って、玄関の横にある小部屋となっているわけですが。

こういったものがアウトドアをする人とかに「便利だわー」といって持て囃されているわけですが、
そのまんま土間じゃん!!
って、僕は思うわけです(汗)
日本人が元来持っていた土間が、お洒落な横文字になっただけな気がします・・・。
要するに土間に作り付けの棚か何かをつけて、目隠しすれば良いんじゃないでしょうか・・・。
家もアウトドア道具はたくさんあるし、農作業具もある程度は土間に置けたら便利だと思います。

あと、土間でも、特に三和土(たたき)が良いですね。
三和土は土と消石灰とにがりを混ぜて、叩き固めたものです。
これは梅雨の時期は湿気を吸収してくれ、冬の乾燥する時期は、湿気を放出してくれるそうです。
特に乾燥の時期は三和土に水を撒いて、湿らせておくと良いとか。
機能的ですね。
土間コンクリートなんてものもありますが、いかにも味気ないです。

実は僕が今の物件で一番気に入っているのが、土間なんです。
意外ですよね。
僕も意外でした。
茅葺屋根でも囲炉裏でも大黒柱でもなく、土間を気に入るなんて。

玄関を入ってすぐの20畳の土間と、上がり框と、6畳の小上がりが大好きです。
まさしく、我が家の「顔」と呼べるものではないでしょうか。

んー。
広くて、
ひんやりしていて、
薄暗くて、
上は吹き抜け(この家で唯一)で、
というのが良いのかなー。
自分でもよく分からんです。

もう一つ、土間に付随して、玄関も好きですね。
障子と雨戸の2重扉ですが。
両方とも木の戸車がついています。

いろんな家を見てきたけれども、玄関が障子なんてのは他に見たことがありません。

あー、でも、嫁さんは嫌がるだろうな。
見るからに耐久性が無さそうだし。
防犯性の欠片も無いし。

と思っていたら、この間、嫁さんが何気なく、
「ねえ、再生しても玄関は障子のままが良いよね」
と(笑)

おお。
僕と同じことを考えていてくれたか。

我が家は世にも珍しい「玄関扉が障子」という家になりそうです。
ただ、立て付けの悪さとか、耐久性の問題をどうにかしないとな・・・。

話はちょっとそれましたが、そんな汎用性に富んだ土間が、どんどんと減っているのが非常にもったいなく感じるのです。
多くの住宅が敷地をやりくりして、建築も坪単価をやりくりしてという状況の中だと、どうしても作っている余裕が無いでしょうけれども。
うちみたいに広い土間を持てるのは、本当に贅沢なことだと思います。

最後に、土間の最大のすごいところは、屋外と屋内の緩衝地帯となれるところ。
屋内ではないけれども、屋外でもない。
昔の人はやっぱりこうやって緩衝地帯を設けて、緩やかに区切っていたのだと思います。

みなさん。
再生した我が家に遊びに来る際には、ぜひとも玄関は勝手に開けて、
土間に入ってから声をおかけください。


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子ども部屋不要論 - 2013.03.14 Thu

こんなことを言ってしまうと世間のほとんどの人を敵に回してしまうのでは、と危惧しますが、
僕は「子ども部屋は不要である」と思っています。

いや、幾分かのメリットはあるかもしれないですけれどね。
デメリットのほうがはるかに大きいです。

僕の好きな建築家の宮脇壇は子ども部屋について
「親が子ども部屋を拵えて、学習机を用意したら、それでも勉強しないのは子どもの責任と、自分たちの親としての責任を放棄している。一種の免罪符として子ども部屋を利用している」(要約:野人)
と述べています。
僕の考えもまさしくそのとおりです。
子ども部屋や学習机やお塾・家庭教師の有無に関わらず、勉強する子はするし、しない子はしないんです。
またこれは宮脇氏の著書にもよく出てくることですが、日本人は
「箱(ハード)を用意してあげれば、中身(ソフト)がついてくる」
という、幻想を持ちすぎだと思います。
子ども部屋を用意すれば子どもは勉強をし、リビングを用意すれば家族が団欒し、家事室を用意すれば苦手だった家事が得意になる、というような。

じゃあ、子ども部屋の持つデメリットはというと。
これが多いんですよね。

① 家が居心地よくなってしまう

なんだか僕がとんでもない人間みたいですが(笑)
特に思春期の子どもにとって、家があまり居心地が良いのはNGです。
もちろん居心地が悪すぎるというか、「居場所がない」って子どもが思っちゃうのもだめですけどね。
まずもっていうと、現在あるような不登校や引きこもりの大きな原因がこの「子ども部屋」であると、僕は見ています。
子どもがひとりっきりになれる部屋を持つことによって、家族との関係も希薄になっていく。
逆に自分の部屋がなければ、引きこもりなんてなれないですし。
思春期の子どもにとっては、自分の親がうるさくて、自分の家が窮屈なくらいがちょうど良いんですよ。
そうすれば若いエネルギーを外で発散しようと、部活とかいろんなところで力を発揮できるし。
高校卒業後も実家にパラサイトするなんてことがなくなります。
(補足ですが、僕は高校を卒業したら最低でも4年間くらいは県外にでも出て、一人暮らしをするべきだと思います。その後、就職をするタイミング、転職をするタイミング、結婚をするタイミング、などさまざまな折に実家に帰るという選択肢を持っていれば良いわけで。夫婦間の問題というのは、大部分は4年程度の一人暮らしの経験があればそもそも発生しないものだと思います)

②子どもが図に乗る
ますますとんでもない人間ですね。僕って(汗)
一人っ子政策をやっている中国ほどではないにせよ、日本も子どもの地位が高すぎて、無駄に甘やかされています。
自分のプライバシーがあって、自分専用のスペースがあるなんてのは、学生になってアルバイトをして、下宿でも借りて実現すれば良い話。
本来ならば自分専用のスペースを持つというのは大変なことなのに、それが無償で自動で与えられてしまう日本の不思議。
モデルハウスとか、どの家にも子ども部屋はある。
謎の前提。
(これも余談ですが、日本の子どもたちが変になってきている原因の一つに「無駄に一人前扱いされる」というのがあるらしいです。教員になったときの初任者研修でもその話が出ました。例えば昔は子どもが買い物を出来るのは駄菓子屋くらいで、店のおばちゃんが子どもを「子どもとして」相手していた。ところが今は駄菓子屋が無くなって、子どもはコンビニでもスーパーでも平気で買い物をするようになった。コンビニ・スーパーでは店員はどんな客に対してもマニュアル通りの敬語で対応する。店員が子どもを一人前の客として扱い、敬語を使う。一人前でないのに、お金を払えば一人前扱いされる。このひずみがいけないそうです。そう考えると子ども部屋を与えるのがいかに良くないことか分かります)

とまあ、挙げていけばきりが無いですが。
大まかなデメリットは以上です。

とはいうものの、我が家には子ども部屋(長女の部屋)があります。
自己矛盾していますね(汗)

それは一つには、2年半前ですけれども、結婚から引越し・転校という一連の過程を娘(当時小学校4年生)が非常に渋っていたこと。
渋っていたといえばお上品ですが(汗)
要するに、大反対していたのです。
そりゃそうですよね。
それまでの母親との二人暮しから、僕みたいな人間が家庭に入り込み、一緒にいるだけでも苦痛なのに、引越しや転校で自分の友達とも引き離され。
娘が反対するのも分かります。

その中で娘に「新しい家っていいかも」と思わせる材料として「新しいお家(といってもめちゃめちゃ古いけどさ!!)に行ったら、自分の部屋がもらえるよ」という条件を持ち出したのです。
それにはもう一つ理由があって、母一人子一人の家庭では、母子が必要以上にべったりし、人間関係がそこで完結してしまうことがあります。
家の娘もそうでした。
「自分が母親の人生の全てであることが当たり前」という感覚といいましょうか。
まあでも、これはどんな家庭の子どもでも、ある年齢までは当然の感覚ではありますが・・・。

ちょっと自己弁護ですが小学校4年生の娘に、引越しというタイミングを機に、徐々に親離れさせようと思ったのです。
一人で寝て、一人で起きて、自分の部屋を自分で管理する。
というような。
それに、我が家は6畳が2間に4畳半が1間の間取り。
うち6畳1間は独立しているというか、襖で他の部屋と繋がっていないため、使いにくいんですよね。

とはいっても、娘に無条件でいわゆる子ども部屋があるわけではありません。
まず、仕切りは襖ですから、昨日書いたように、閉まっているようで閉まっていません。
親が入るときにはノックもしませんし、声もかけません。
あくまで家全体が共用スペースである中の、娘が管理しているスペースのような感覚です。
あと、暖房も一切置いていません。
最初の僅かな期間は置いていたんだけど、娘が部屋に一人でいて、テレビ(これは娘の部屋のみにある)を長時間見るようになったので、取り上げました。
だから、特に冬場は娘は基本的に居間にいて、部屋にいるのは寝るときと、あと毛布を被りながら見たい番組のみ厳選して見ています。

さて、子ども部屋が不要であることと、我が家に娘の部屋がある言い訳を述べてきました。

じゃあ、僕の考える理想の形はというと。
子ども部屋は不要でありながら、やっぱり必要なんです(汗)
えっとですね、厳密に言えば不要なのは「子ども専用の個室」です。
だから、ある程度の広さの大部屋(畳に限る!!)を作って、そこを子どもたちに共同で使わせれば良いんです。
2人兄弟なら6~8畳、3人兄弟なら8~10畳といった具合に。
そんで、小さい頃なら区切る必要は無く、ある程度成長するにしたがって、緩やかに占有スペースっぽくしていったり。
よくある似たようなアイデアで、やはり将来はパーテーションで区切ることを前提とした、大き目の子ども部屋もありますが・・・。
大掛かりなパーテーションや、アコーディオンカーテンなんて要りません。
区切るなら屏風で十分です。
畳にぴったり合うでしょ(笑)

日本の歴史をさかのぼれば、平安貴族だって個室みたいなものを持たずに、大広間に屏風や御簾といったもので、緩やかに間仕切りされていたわけです。
必要があれば緩やかに区切り、不要になればすぐに取り外せる。
よくあるように、子どもが自立した後も子ども部屋だけが残り、親が持て余すことも無い。
これこそが日本人が本来持っていた知恵ではないでしょうか。

ちなみにこのアイデアを長女に言ったら(つまり次女と同じ部屋になる)、微妙な顔をしていました(笑)
そりゃ現在のような、個室が無くなってしまうのが不満でしょうけれども。

娘よ。
自分の欲しいものが自動的に与えられるほど、世の中は甘くないんだ。



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鍵をかけないという選択 - 2013.03.15 Fri

(今日の記事は嫁さんとよく相談し、公開することにしました)


僕は生まれてからこの方、家に鍵をかけたことがほとんどありません。
実家では僕が小さいときには、小さいダイヤル錠をかけていたかな。
一人暮らしのときは、ほぼかけず。
結婚してからはほんの数回、長期で留守にするときのみ・・・。

田舎だからか、必要ないと思ってしまうんですよ。
鍵をかけるのが面倒ではなくて、あえて鍵をかけない選択をしているというか。

昔、5年かもうちょっと前か、「鍵と日本人」みたいなテーマの文章を読んだことがあります。
そういうテーマの本だったか、あるいは本の中の一章だったか、記憶が定かではありませんが。

その中で語られていたのは、
「そもそも近代に至るまで、日本の庶民は鍵を持っていなかった。これは古代から鍵の文化が発達した諸外国とは大きく異なる」
「鍵をかけないことによって、日本人は家と外との区別を曖昧にし、共存の意識を大切にしていた。家の中はいつ他人が入ってきても良いように整えられ、家の周辺は家の中と同様に掃除された」
「西洋化によって日本人がそれまでに無かった鍵の文化を取り入れ、内と外とを区別したことによって、日本人が本来持っていた良さが失われた」
「それは言ってみれば、内がよければ外はどうでも良いという意識であったり、地域社会の崩壊であったりである」
という趣旨の文章です。

すみません。
本来ならば原典を引用すべきですが、見つからなかったもので・・・。
たしか、単なるエッセイとかではなく、歴史学者か民俗学者の書いた本だった気はするのですが。

とにかく僕はこの説に大いに共感したしだいであります。
もっとも、それよりずっと以前から鍵はかけてないんだけどね。
うちにも鍵はありますよ。
ただ、かけないだけ。
必要ないから。

これはですね、難しい問題です。
地域性だとか、人生観そのものの問題になっていきますから。
そして「鍵をかけない」という選択にはそれなりの勇気と覚悟が必要です。
極端な考えとは承知ですが、興味がありましたら読み進めてください。

鍵をかける必要性ですが、それは一番にはもちろん「防犯」のためですよね。
だから「うちは鍵をかけない」と言ってしまうと、
「お前ん家は田舎だから良いよな」とか言われてしまいそうですが。

防犯といって、まず思いつくのが「空き巣」ですよね。
うーん。
これはうちには盗まれて困るものは無いからいいや・・・。
程度の認識。

(そういえば母親もよく「うちに泥棒が入ったら、逆に貧乏を気の毒がって、お金を置いて言ってくれる」って言ってました。小学生の僕に対してww)

世間の皆様がどの程度、金品を自宅に置いているかは知りませんが、そんなにたくさん置いているんですかね??

って話をすると、きっと「お金が盗まれるんならまだしも、命を取られたらどうするの」みたいな話になっていくかとは思いますが・・・。

えーと。
殺人ですか。
何の恨みも無いのに殺人とか発生しちゃうんですかね・・・。
あとは、強盗殺人ですか。
時々は発生しているみたいですね。

あー。
もちろん知っていますよ。
テレビを見ない僕でも。
時々はそうやって、強盗殺人とか、強姦殺人とか、通り魔とか、そういった痛ましい事件が発生しているのは。

でも、そういった事件が怖いから、鍵をかけるというのもなあ・・・。

まずですね。
殺人事件の発生件数はどんどん減っています。
戦後間もない頃に比べると2分の1~3分の1程度に。
変化したのは報道の仕方です。
センセーショナルに報道しすぎるので、どんどん物騒になっているように感じるのです。
(その裏に鍵屋さんや警備会社がいるかどうかは知りませんが)

それに、どの家にも鍵がかかっていて、見ず知らずの人が尋ねてきても決して玄関を開けないという社会のほうが、僕にはよっぽど物騒というか、殺伐としているよう見えますけれどね。

殺人事件で死ぬ確率は1年間で0.00016パーセント。25万人に一人。
もちろんこの中には強盗殺人以外の無理心中だとか、虐待死とか、縁故殺人もたくさん含まれます。
一方、
自殺で死ぬ確率は1年間で0.023パーセント。大体4500人に一人。
交通事故で死ぬ確率は0.0077パーセント。1万3千人に一人。

このあたりの統計の取り方は、いろんなやり方があるので数字のずれはあるでしょうが。
(交通事故死者数でさえも警察と厚生労働省で基準が違う)
大まかなところでみると、自殺で死ぬ確率は交通事故の3倍、殺人の55倍ということになります。

さらに言えば、これは線引きが難しいですが、家庭内でも縁故でもなく、被害者に何の原因も無い殺人事件は、年間20~30件(0.00002パーセント、500万人に1人)だということです。

こんな僅かな確率でも、危ないものは危ない、防犯は絶対に必要って言われれば、そりゃそうですが・・・。
宝くじでも買ったほうがよさそうですね。

結局ですね、どこまでやるかという線引きと、デメリットとの兼ね合いだと思うんですよ。
どこまでやるかってのは、鍵をかけるだけでは不安で、警備会社と契約したり、防犯カメラをつけたり、護身用の武器を用意したり。
たいていの人は費用との兼ね合いで、鍵くらいで済ませているのでしょうが。

デメリットについては、難しいですね。
うまく説明できません。

ただ僕には、人々が防犯に気をつけるほどに、世の中が殺伐してくるように見えます。
たまに何かの用事で、面識の無い家の訪ねるときは、玄関チャイムを押して、インターホンでカメラ越しに観察されて、用件を伝えると玄関の鍵を開けられ、訝しげにこちらを見られる。
なんだかなー。
っていつも思います。

田舎なせいか、逆の家も多くて、チャイムを鳴らすと「どうぞ、(鍵は)開いてますよー」って声が聞こえていて、こちらから開ける。住人は笑顔で迎えてくれる。
なんて方も多くて、ほっとします。

やっぱりですね、内と外を必要以上に区別するのはよくないと思うんですよ。
地域の中で生かされているんだから。
家の前の道はみんなの道、地域の子どもはみんなの宝。
理想論かも知れないけれども、僕はこんな意識をこれからも失ってはいけないと思います。
そんな連帯意識を失ってしまう、きっかけの第一歩が「鍵をかける」ではないかなー、と思うわけです。

鍵をかけないと犯罪の被害にあうというデメリット。
でも確率はほんのわずか。
鍵をかけると失うものがある(気がする)というデメリット。

そして感覚的なものですが、ごくたまに鍵をかける瞬間、カチリという音と共に、自分の心にさえも冷たい鍵がかかる感触があります。
そして、暖かだった家は、冷たく閉ざされているように感じます。
本当に感覚的なものですが。
きっとこういったものっては、慣れていないからであって、すぐに慣れるんでしょうね。
ただ、この微妙な感覚に慣れることによって、自分の大切な何かが欠落していく気がするんです。

昔の日本はどうだったんでしょうかね?
僕は民俗学には詳しくないので、よく分かりませんが。

どこに住んでいようが、鍵をかけるか否かは、きちんと考えて選択していく。
そんな社会が素敵だと思います。
鍵をかけることだけが当たり前になってしまうのではなく。

というわけで、我が家はこれからも鍵無しで行きそうです。
古民家に引っ越した際はさらに、障子戸が玄関扉となって、ファジー極まりない状況になります(笑)

最後に、鍵をかけるかけないのみで全てが線引きできる問題ではなく、鍵をかける人みんなが「自分がよければ良い」と考えているわけではありません。
鍵をかけないけれども傍若無人であったり、鍵はかけても地域に貢献してらっしゃる方もたくさんいるはずです。
その上で、我々日本人にとっての「当たり前」が戦後の短期間に急激に変化している、そのことを危惧するしだいです。
そういった趣旨の文章とお捉えください。



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プロフィール

野人

Author:野人
こんにちは。
野人っていいます。
前職はラーメン屋台を経営していました。

伊那谷にて2012年暮れに築150年の古民家を購入し、3年4ヶ月かけて最低限の面積を再生して、2016年3月末に移住しました。
全ての再生は10年計画なので、まだまだ続きます。

もちろんプロの方々にもお世話になりますが、お金があまり無いので、なるべく低予算と自力での再生を頑張っています。

ブログの記事数は膨大なので、手っ取り早く内容を知りたいという方はこちらのスライドショーをご覧ください。
ブログの内容を25分に凝縮しました。
https://www.youtube.com/watch?v=ZpFnv9gLmJM

自分が古民家再生をする上で、他の人のブログを参考にしたり、あるいはHPから知識を得たり、ネット社会には本当にお世話になっています。
なので、自分自身も再生の過程を発信することで、少しでもネット社会から与えてもらったものに対して恩返しできればと思っています。

皆様からいただけるコメントに励まされ、またブログを通じて広がってゆく人の輪がとても楽しみです。

当ブログはリンクフリーですので、ご自由にお使いください♪

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